「ロブホームランして転がってるボールに躓いて、挙げ句の果てにはユニフォーム裏返しだよ、日吉」
朝練後、部室に戻る途中で滝に投げかけられた言葉を受け止めて、日吉は見るからに気まずそうな表情を浮かべた。心当たりがありすぎる為言い逃れる事はおろか、まともな言い訳すら思い浮かばない。
「どうもすみません」
「不貞腐れないの。ちゃんと話しなよ」
「俺もずっとそう言ってるんですけど…」
「お前は余計な事言うな」
雰囲気を見兼ねて輪に入って来た鳳だが、日吉の睨みとその一言によりうっと言葉に詰まる。明白すぎる関係性に滝は苦笑しつつ、兎に角、と話題を戻す。
「いつまでも意地張ってても良い事なんて1つも無いからね」
それだけを言い残し滝はレギュラー専用の部室に入って行った。鳳は彼の後ろ姿に頭を下げ、日吉はジッと恨めしそうに睨みつけている。ここまで対極的なのも珍しい。
「萌乃ちゃん、何回も話しかけようとしてくれてるじゃん。なんで無視するの?」
「別に」
「もう!日吉!俺も怒っちゃうよ!」
「そう言って怒れた事ないだろ、お前」
些細な口喧嘩ならいつもの事だが、今回は少し訳が違った。それもそのはず、あんなに真剣な表情で「話あるんだけど」と萌乃に話しかけられた事など今まで一度も無かったのだ。いつもは次の日にはすっかり忘れて元通りになっていたが、今回その流れになる雰囲気は全く感じられない。
「日吉って意外と弱虫なんだね」
「いいからさっさと着替えに行くぞ」
単純な挑発に乗るのも最早面倒臭い。萌乃が今までに見せた事のない表情をさせてしまったのがただ気がかりで、日吉はいつまでもそこに突っ込めないでいた。
***
「どうしてなんだあぁああ!」
「むしろお前の方が元気じゃねーか」
「これを見て元気と言いますか!?」
「少なくとも日吉よりはなぁ」
そうして時間は流れ昼休み、昼ご飯を一緒に食べようと誘う前に日吉に逃げられた萌乃は、食堂にいたテニス部の中に頭を抱えながら助けを求めた。答えるのは宍戸と向日で、その扱い方は若干雑にも見える。
「日吉もかわええやっちゃなぁ」
「だがここまで来ると、もう騙してどっかに呼び寄せるしかないんじゃねぇのか」
「若が上手くおびき寄せられてくれるでしょうか…」
跡部の案にでさえ頭を垂れている萌乃も萌乃で、そろそろ精神的にキテいるらしい。いくら元より日吉の態度は暖かいものではなかったとはいえ、あからさまに無視し続けられるのには堪えるものがあった。
「ただお話したいだけなのに、なんで若は逃げるんだろう」
「ほら、そんな顔しないの」
机に突っ伏しながら涙目でそう呟いた萌乃に、滝がランチプレートについていたプリンを一口すくって口元に持って行ってやる。こんな時でも即座に食らいつくくらいの元気はあるらしい、とは言っても、萌乃の場合はほぼ反射に近いが。
「力ずくでどっか連れ込めばいいんじゃねー?」
「樺ちゃんだったら一発で出来るC!」
「樺地は友達に手荒な真似はしたくねーだとよ」
「あれ、俺いっつもお昼寝してたら担がれるんだけどあれは何ー?」
跡部が代弁した樺地の想いに芥川は首を傾げるが、それはさておき。彼らは一通りの案が出た後にうーんと頭を捻らせた。
「ちゅーか、家まで行けばええんちゃうん?」
あ、と全員の声が被る。どうやら盲点だったらしい。
「ナイスアイディアです忍足先輩!そうですね、若ママパパお兄ちゃんだったら絶対協力してくれます!」
「昔から2人が喧嘩した時はおばさん達が助っ人だったもんね!」
「じゃあそういう事で、今日は俺達ミーティングだけだから。頑張ってね」
滝がそう言うと同時に他の者も笑顔で頷いてくれ、項垂れていた萌乃にとってはまさに希望の光だ。「はい!」と元気良く返事をした声は、食堂に大きく響き渡った。