07
「ほっ!」



掛け声と共に軽快に跳び上がると、周りの女子からはキャア!と色めきだった歓声が響く。今日の萌乃のクラスの体育では走り高跳びが実施されており、体を動かす事に関しては滅法強い彼女にとってこの科目はヒーロー状態になる。記録は1メートル20を越えたところで、中1女子にしてはかなりのものだ。



「萌乃すごーい!めっちゃフォーム綺麗だったよ!」

「陸上部入ってよー」

「ありがとー、でも私は弓道一筋!」



周りからの絶賛に応える萌乃はこれでもかというくらい笑顔で、傍らでサッカーを行っている日吉はそんな彼女を呆れた眼差しで見つめていた。すぐ調子に乗るから駄目なんだ、とでも言いたげな表情である。



「うおーい!萌乃ー!お前もよく跳ぶじゃねえかー!」

「あー!岳人先輩ー!」



とそこで、萌乃と日吉(と、数人の女生徒)の視線は校舎に向けられた。窓から身を乗り出して大きく手を振っている向日は、かなり興奮した様子で言葉を叫んでいる。萌乃もそれに対して同じくらいの笑顔で対応していたが、ふいにその表情は曇った。



「…まだ気にしてんのかあいつ」



日吉の目には、向日を見つけた忍足が彼に話しかける姿が映る。忍足は最初こそ何故向日がグラウンドを見ているのかわからなかったが、同様に身を乗り出すことによりその意味を理解した。そして、彼の表情もまた強張る。

一瞬にして緊迫になった雰囲気を遠目から見ている日吉は、自分が待ち時間なのを良い事に萌乃の元へ行こうと駆け出したが、次の瞬間その足は止まった。忍足が、小さく彼女に向かって手を振ったのである。



「またなー!」



相変わらず無表情な上にそうした後はすぐに何処かへ行ってしまったが、それでも萌乃は深く頭を下げずにはいられなかった。板挟みになっていた向日も2人を交互に見た後に歯を剥き出して笑い、待てよ侑士ー!と彼の背中を追いかける。



「何固まってんだ馬鹿」

「わ、若!今ね!」

「見てた」



しばらく放心状態だった萌乃は、結局傍まで来た日吉の言葉によって我に返った。その表情は今にも歓喜で泣き出しそうな、幼い子供のようだ。



「若ーーーー!!!!」

「暑い!」



果たして忍足の心境にどのような変化があったのか萌乃は知らないが、今の彼女にとってそれはどうでもよく、とにかく嫌がる日吉を巻き込むばかり。と言いつつもなんだかんだであやすように背中を叩いてるあたりが、まだまだである。



「侑士ー!どんな心境の変化だよ!」

「あのアホ面見とるとどうでもよくなったんや」

「ふーん?」



***



「滝先輩こんにちはー!」

「清々しいくらいにわかりやすいね」



昼休み。食堂にて何を食べようかメニューと睨めっこをしていると、後ろから牧田さんが超絶笑顔で近寄って来た。その後ろには当たり前のように1年生3人組もいて、控えめに挨拶をするその姿はさながら保護者のようだ。特に日吉。



「忍足と仲直りでもしたの?」

「え、…知ってたんですか?」

「なんとなくだけど」



チラリと日吉に視線を向けても奴の表情は相変わらず涼しげだから、再び牧田さんに戻す。鳳と樺地も話は聞いているのか、眉を下げた少し情けない表情で笑っている。



「仲直りというか、そもそもあれは喧嘩なのかも微妙なのですが…。今日!なんと!手を振ってくれました!」

「おぉ、大躍進じゃない。やったね」

「はい!」



昨日から思いつめたような素振りを見せていただけあって、忍足もそれなりに吹っ切れたみたいだ。女の子に手を振るあいつなんて早々見れるものじゃないだろう。

とそこでトレイの上に頼んだものが全部乗ったので、俺はお祝いの意を込めてデザートのプリンを牧田さんのトレイに乗せた。キラキラした目でプリンと俺を交互に見るその姿は、誰がどう見ても小型犬と例えるだろう。



「ありがとうございます滝先輩!」

「うるさい馬鹿」

「声大きいねー」



間髪入れず彼女の頭を叩いた日吉も、結局その目に負けてゼリーをあげるハメになっていた。2人共見てて微笑ましい。ちなみに、鳳と樺地は素直に最初からムースをあげていた。大人だなぁ。

段々と混んできた辺りを見渡して、4人は席確保の為に小走りで去って行った。俺の席は他の奴らが取ってくれてるから大丈夫だろう、だからゆっくり足を進めるその前に。



「盗み聞きなんて随分良い趣味してるんじゃない?」

「…俺がおるのわかっとって話を振った自分に言われた無いわ」



何も乗っていないトレイを持って柱に寄りかかっている忍足は、呆れたように俺の顔を見て溜息を吐いた。さっき牧田さんからあの話を聞いたばかりだから、今のこいつにいつもの冷たさは感じられない。むしろからかってやろうと思って小さく手を振ってみたら、全力で叩き落とされた。冗談なのにね。



「悪い子じゃないでしょ、あの子」

「どうやろな」

「お前が1番わかってるはずだよ」



むくれ顔の忍足は完全に不貞腐れモードに入っていて、これ以上何か言ってプライドを刺激してやるのも酷だから、俺は早く定食頼んでおいでよ、と言葉を残して奴から離れた。今日のランチは、いつもよりも美味しくなりそうだ。


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bkm
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