あ、と思わず声が出た。
「よぉ」
「こ、こんにちは宍戸さん!」
若とのジャンケンに負けて、昼休みにこうして自販機のジュースを買いに来た訳だけど、私の後ろには宍戸さんが並んでいた。噂には聞いていた短くなった髪を見て、反射的に「お似合いです!」なんていう下手クソな褒め言葉(でも本心)を言えば、宍戸さんは困りながらも「サンキュー」と返してくれた。
「ジュース2本も買って、また若にパシリにされてんのか」
「その予想、ドンピシャです。いっこうにジャンケンで勝てないんですよね」
「それ、若も言ってたぜ」
そこまで他愛もない話をしたところで私達の間に一瞬沈黙が振りかかり、そして、それを合図に宍戸さんは「ちょっと話さねぇか」と切り出した。多分、ジュース買いに行くのにどんだけ時間かかってるんだ!ってまた若が姑みたいに怒るだろうけど、今はそんなの忘れて。勢いよく頷く私に宍戸さんはまた苦笑して、人気の無い方に移動した。落ち着いて座って話せる場所もなさそうだったので、適当な階段に2人で腰掛ける。
「ここまでレギュラーに執着してたなんて、俺が1番知らなかったんだよなぁ」
ぼんやり呟いたそれは愚痴にも聞こえる口調で、何よりその唐突な話題に少し背中が伸びる。
「監督の弱肉強食方針は嫌いじゃねぇというか、むしろ同意だ。強くなきゃ試合には勝てねぇし、強くなきゃ意味が無い」
「意味が無い、とは思いません、けども」
「あぁ、今になったら俺もそう思うぜ。弱くてレギュラー落ちしたあの期間も、意味無いモンなんかじゃなかった」
恐縮しつつも自分の意見を交えてみれば、宍戸さんさっぱりとした笑顔でそれに頷いてくれた。良かった…。
「若や萩之介の立場からしたら、俺なんてムカついて仕方ねぇだろうな」
「そんなこと、」
「いや、良いんだよそれで。ムカつかれてたくらいの方が、逆に俺もやりやすいしな。もう負けてらんねーんだよ」
私が思うに、宍戸さんはこれを特別私に伝えたかった訳では無いと思う。独り言のようには聞こえるけど、誰かには聞いて貰ってて欲しくて、それに1番最適だったのがたまたま私だっただけだ。チームメイトに言うのはちょっと恥ずかしい、長太郎に言ったらいつまでも気にする、だから、私。そんな消去法でも、宍戸さんの本心をこうやって聞く機会をゲット出来て幸せだ!
「宍戸さん!私応援してます!」
「おう、サンキュー」
「でも、若と滝先輩のことも応援してます!」
「お前はそれでいいんだよ」
「皆さん全員のこと応援してます!!」
「分かった分かった」
ちょっと照れ臭いのか、グシャグシャと勢いよく私の頭を撫でる宍戸さん。なんだか短髪になって余計に男前度が増したような!!
「だから、これからも俺達の事よろしくな」
「そんなよろしくされる程何も出来ないですけど、私」
「何も出来ないから良いんだよ」
「それは褒めてますか?」
「褒めてる褒めてる」
とそこで宍戸さんは携帯を確認すると、そろそろ良い時間だったのかよしっ!と勢いよく立ち上がった。だから私も携帯を見れば、あれ本当だあと5分もしないうちに終わりだ!
「やばい!私教室遠いです!」
「悪いな、頑張って走れ。じゃあな!」
「宍戸さん速いーー!」
そうして最後に、爽やかな笑顔で走り去って行った宍戸さん。追いかけようと思ったけどなんだかもうちょっとこの余韻に浸っていたかった私は、てくてくと噛み締めるように静かな廊下を歩いた。次の教科担当の先生は優しいから、少しくらい大丈夫。(それより若の方が怖い)
だけど、歩き始めてものの10秒もしないうちに、私の足は再度止まった。
「滝先輩!」
「ごめん、立ち聞きなんて悪趣味なことするつもりなかったんだけど」
柱の陰から出て来た滝先輩は、申し訳なさそうな顔で私の前に立った。多分、全部聞いてたんだろう。
「2人の後姿見つけると、なんか居てもたってもいられなくて」
「…聞いてました、よね?」
「うん。あいつにあんだけさっぱりされてちゃ、俺がこんなウジウジしてても仕方ないよね」
さっきの宍戸さんと同じ、独り言のような愚痴口調。でも、今の私にはそれが心地良い。何も出来ない私には、それくらいの方がちょうどいい。
「気張って行きましょう滝せんぱーーい!!」
「痛いよ牧田さん」
結局授業開始のチャイムが鳴ってしまったことに笑いつつ、私と滝先輩は手を振って別れた。静かな廊下をそろりそろりと歩いていると、途中若の教室を通りかかった時にがっつり目が合ってしまい、それでも私はニヤけが止まらない。そのせいで授業終了後即私の教室に来た若にデコピンされたのは、また別のお話!