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「なんかすっごい傷だらけじゃなかった?宍戸先輩」

「思ったー、怪我したのかなぁ?」



理科室で授業が始まるのを待っていると、同じクラスの女子達がそんな会話をしながら入って来た。思わず机に突っ伏していた顔を少し上げるけど、その子達の後姿を軽く見つめただけで、またすぐに両腕に顔を埋める。この階は3年生の教室があるから、多分すれ違ったのかな。私なんかここ最近全然宍戸さんの姿見てないのに羨ましい、と、とんでもなく理不尽なヤキモチ。

 俺、宍戸さんを支える。 そう言ってから長太郎は、部活が無い日もある日もずっと宍戸さんの傍に居るようだった。“特訓”というのが具体的に何かは分からないけど、朝とか廊下でたまに見かけると、長太郎も顔に傷を作っている。そして、私の存在にも気付かないくらい眠そうにして横を通り過ぎる。



「そういえば牧田ちゃん、俺さっき日吉に挨拶したらめっちゃ不機嫌だったんだけど喧嘩でもした?」

「えっ、してないよ。なんでー?」

「いやぁ、1年の頃の名残で、あいつが機嫌悪い時って大体牧田ちゃんが何かやらかした時だからさー」



あははーと笑いながら言って来たのは、1年の頃も同じクラスだった内藤君。何気なく言われたそれに私もあはは、と愛想笑いを返してから、実験に集中するフリをして話題を変えた。

実際のところ、若とは喧嘩も何もしてないけど、あの試合の日からなんとなくお互い気まずい雰囲気があるのは事実だった。私も何もやらかしてないし、若も何も悪くない。多分、若は今お疲れモードだ。テニス部が抱える問題は、部外者の私には分からない。でもちょっとは力になりたい。でも怖い。そんな矛盾がもんもんと胸の中を駆け回る。



「(皆、置いてかないでよ)」



どうした牧田ちゃーん、とつついてくる内藤君に、眠いから寝るとだけ返事をしてまた机に突っ伏す。理科担当の先生が何も言わない人で良かった、とズルい考えを頭に浮かべてから、私は目を閉じた。



***



「樺ちゃぁああぁあんん!!!」

「ウ、ウス」



しかし、そんな窮屈な生活を2週間程送った所で、萌乃の方に限界が来た。放課後の廊下で前方に樺地の大きな背中を見つけるなり、彼女は勢いよくそこに飛び乗った。萌乃の体重程度で動揺する樺地では無いが、急な衝撃には流石に驚いたのかその無表情にも若干の焦りが見える。



「樺ちゃんは元気?顔に傷作ったりしてない?」

「ウス」

「ただ挨拶しただけなのに死ねって言ったりしない?」

「…日吉、君…そんな、事を…」

「酷いよねえええぇええ」



うわぁああぁ、と子供の様に声をあげて泣く萌乃に、樺地はどうしたものかと思いながらもとりあえず彼女をおんぶする体勢に整える。時間帯的に人通りが多いが、この2人の組み合わせは珍しくないので皆特に気にして無いようだった。むしろ、また萌乃が駄々をこねている、くらいの感覚の者が大多数だ。それが良いのか悪いのかは別として、とりあえず樺地にとって都合が良いのには変わりない。



「萌乃ちゃん、部活は」

「私はお休みだけど樺ちゃんはあるよねぇええごめんねぇええぇええ」

「大、丈夫」



自分が慕っているあの人の事なら、状況を話せば今までしたことが無い遅刻の一度くらい寛容に受け止めてくれるだろう。それでも多少の罪悪感を残しつつ、目の前の少女を放っておけるはずもないので、テニスコートから近い裏庭にやっとの思いで腰を降ろす。



「長太郎が宍戸さん支えたいのも分かるしね、分かるんだけどね、それで若はピリピリしてるし、滝さんも辛そうだし、なんか」

「ウス」



嗚咽をあげながら紡がれる言葉は滅茶苦茶だが、それでも樺地は黙って頷いて聞いていた。今名前を挙げた彼ら以外にも、あの大会以来テニス部の雰囲気が悪いのは部員の彼が1番よく知っている。何も喋らない彼の代わりに、萌乃が全部吐き出してくれるような感覚さえあった。



「自分でも何喋ってるかよく分かんないんだけど、っ?」

「…?」



だからこそただ耳を傾けていると、突然テニスコートから歓声と悲鳴が入り混じったような声が聞こえた。一瞬ではあったが、そのあとはどよめきが続き、何かがあったのは明白だ。



「行こう樺ちゃん!」

「ウス!」



さっきまでの泣き顔が嘘のように晴れた萌乃は、目元を真っ赤に腫らしながら一目散に駆け出した。恐らく彼女は変わらない状況にもどかしさを感じていただけで、変化のきっかけさえあればこのように走り出していたのだろう。単純だが、それが人より何倍も感情を露わにしない樺地にとっては、良いフラッグシップ的な役割になっているのかもしれない。自分とは真逆の小さな背中を見ながら、彼はそんなことを考えた。


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