「萌乃ちゃん、顔酷いよ、目真っ赤だしボンボン」
「長太郎に言われたくない」
“男子テニス部 関東大会出場決定!”とデカデカと書かれた校内新聞を2人で見て、無言で目を逸らす。
土曜の準々決勝は負けてしまったが、日曜のコンソレーションでは無事勝利を収め、テニス部は関東大会出場への切符を手にした。それでも2人の表情が浮かない今日、月曜日。理由は聞くまでも無いだろう。
「萌乃ちゃん。俺、宍戸さんを支える」
「うん」
「滝先輩の事も勿論尊敬してる。でも、俺はやっぱり、宍戸さんを1番尊敬してる」
「うん」
「萌乃ちゃんももうすぐ大会でしょ、頑張ろうね」
「頑張る」
「じゃあ、また」
「長太郎、お昼は?」
「ごめん、宍戸さんと特訓するんだ」
「そっか、頑張れ」
「ありがとう」
2人がここまで深刻に宍戸の話題を挙げるのは、恐らくこれが初めてだろう。萌乃は立ち去って行った鳳の背中を、見えなくなるまでぼうっと眺めていた。
「正レギュラーであそこまでの記録的惨敗を残した宍戸は、勿論部員からも非難された」
とそこで突如語られた声に、萌乃はビクッと肩を震わせる。「驚かせてごめんね」と背後からやって来たのは、宍戸の代わりに新しく正レギュラーへ昇格した滝だった。
「滝、先輩」
「いくら相手があの橘だったからとは言え、たったの15分でしかもストレート負け。レギュラーから外されるのは当たり前だ」
いつもの優しい滝はそこにはいない。細められた目の下には、くっきりとクマが残っている。
「実際俺も思った。だから俺が正レギュラーに上がったのも当然だって。なのに、1日経ったら雰囲気は変わってた」
「変わって?」
「つまり、俺じゃ役不足なんだよ」
何処か間抜けなチャイムが響き渡ると、滝は「HRサボらせちゃってごめんね」と苦笑する。それに萌乃は首をブンブンを横に振り、話の続きを促すように彼の目を見つめる。
「確かに宍戸は負けた。でも、俺が正レギュラーなのも違うんだ」
「それは…」
「皆言葉では言わない。なんていうかこう、雰囲気を嫌でも感じちゃう。生き地獄だよね、こんなの。現に俺に鳳みたいに慕ってくれる奴は誰も居ない」
「そんなの!」
「大丈夫、ちょっと他に捌け口が無いから言っちゃっただけだから。ごめんね、忘れて今の」
大声を上げた萌乃の口元に人差し指を添え、滝はそのままいつもの笑顔を繕い去って行った。先程と同じように、ぼうっと立ち尽くしながらその背中を見つめる。
試合で負けてしまった時の周囲の反応は、この前の新人戦で彼女も嫌という程体感した。それこそ滝の言う通りで、口では言われないが、雰囲気で悟ってしまう。だから、そこに穴埋めという形で入ってしまった滝の気持ちが、今の彼女にはまだ分からなかった。それでも、見るからに辛そうなその姿に胸は痛む一方で、もどかしさばかりが先走る。
「どうすればいいのー…」
その問いに答えてくれる者は、誰も居ない。