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「いやぁー絶好調ですな、若殿!」

「当たり前だろ。そして誰だお前は」

「えへ!」



授業が終わって、部活も終わって、家に帰って、ご飯を食べて、ちょっとのんびりして、シャワーを浴びるその前に!最近はこうして若と家の周りをロードワークするのが日課になりつつある。と言っても、お互いに連絡を取り合ってやってる訳じゃなくて、走ってる途中や家を出た時にばったり会う事が多いだけなんだけど。勿論若の方がずっと速いから容赦なく置いていかれるけど、最終的には一緒にクールダウンをしながら帰るのだ。

てな感じで横を歩いている若の肩を叩きながらそう言うと、ぶっきらぼうながらもしっかり口元は緩ませながらそう答えて来た。そりゃそうだ、都大会が始まったテニス部は、4回戦が終わった今日まで全部ストレート勝ちしている。先輩達の事を鼻高々と自慢する若は、ちょっと可愛い。



「明日は準々決勝でしょ?部活午前中で終わったらすぐ行くから!」

「あぁ。迷うなよ」

「迷いませんー」



そして、これまでの試合は残念ながら学校で行けなかったけど、明日の準々決勝は土曜日だから勿論私も応援に行く。毎回「宍戸さんが!宍戸さんが!」と鼻息荒く言ってくる長太郎と、明日は私も一緒にフンガフンガするのだ。



「考えただけで楽しみー!」

「うるさい近所迷惑だ。明日寝坊するなよ」

「分かってますー!おやすみ若!」

「おやすみ」



そして家の前で若とバイバイして、興奮してずっと手振ってたら「早く入れ」と押し込まれた。それを、気配を嗅ぎつけて玄関までお出迎えしてくれたお母さんが、「いつもごめんねえ」と笑う。ついでにチコも尻尾ブンブン。あぁ、明日が楽しみー!



***



と、浮かれていたのがつい昨晩だったのに。



「大丈夫だよね!?勝つよね!?」

「まだスコア出てないから分かんないってば!」



部活が終わり、今日一緒に着いて来てくれる杏子とさぁ大会会場へいざ!と張り切っていたら、携帯サイトで都大会の実況を確認した杏子は、急に大声で「えぇ!?」と叫んだ。びっくりして思わずつられて叫んじゃったけど、杏子の携帯を横から覗き見して更に大声が出る。それもそのはず、これまでストレート勝ちだった氷帝が、ダブルス2で負けたと言うのだから。

相手校の「フドウミネ」はこれまで大会で勝ち進んだことが無い無名校で、跡部先輩も「都大会で負けるなどありえない」って言い切ってた。勿論まだダブルス1以降の試合も残ってるし、ウチが負けるなんて思ってもないけど、なんだかちょっと嫌な予感がする。だから、会場までの道を杏子と爆走。



「ゲームセット!勝者不動峰、伊武・神尾ペア!ゲームカウント6−1!」



そうして辿り着いた瞬間耳に入ったのは、絶対予想通りになって欲しくなかったコールだった。相手校の長髪と赤毛の人は、まだまだ余裕そうな、言ってしまえばつまらなさそうな顔でウチの選手と握手を交わしてる。



「えー、うちって関東大会常連校でしょ?なんで都大会でこんなことになってんの?」

「ま、まだ分かんないよ!ほら前行って応援しよ!」



不安げな声を漏らす杏子を無理矢理引っ張って、応援席の前の方にズンズン進んで行く。その時長太郎と若の顔が目に入ったけど、長太郎は見るからに焦ってて、若は真顔でジッとコートを見据えていた。



「シングルス3、氷帝宍戸、不動峰橘!両者、コートへ!」



でも、此処で宍戸さんは絶対に救世主になってくれる!そんな私の願いに応えてくれるように、お通夜モードになってる客席に宍戸さんは喝を入れる。そう、大丈夫、大丈夫!

 試合が始まる。



「…相手の橘って人、めっちゃ強くない?何あれ」



恐る恐る話しかけて来た杏子に、何も返せない。



「そうか、アイツ九州二強の橘じゃねえか!黒髪だから気付かなかった…なんでアイツがこんなとこに」



ふと聞こえた言葉に反応して、後ろを振り返る。腕に「St.RUDOLPH」ってロゴが入ったユニフォームを着てる、肌が真っ黒な人が、驚いたようにコートを見ながらそう言ってる。きゅうしゅうにきょう?何それ。そんなのどうでもいいけど、宍戸さんが苦しそう。辛そう。



「そろそろ前出ても良いよな?」

「うらぁっ!!」



最後まで必死に食らいついてた宍戸さんだけど、橘って人のボールはあっさり宍戸さんのコートに入って、決まった。「ゲームセット!」審判の嫌な声が響く。続きはもう聞きたくない。視線が自然に長太郎の方へ向いて、もう長太郎、既にボロボロ泣いてる。そりゃ泣くよ。

とぼとぼと、テニスバッグにラケットをしまう宍戸さん。その表情は言葉じゃなんとも言えなくて、なんだか鼻の奥がツウンとした所で、杏子は「帰ろっか」と私の腕を引っ張った。



「宍戸先輩の気持ち、私めっちゃ分かる。ああいう時は、宍戸先輩が自分でどうにかするしかないから。あんたはいつも通りしてなよ、ってもそんな簡単にいかないだろうけど。萌乃、お節介だもんね」



うぇっ、と変な嗚咽が漏れると杏子は頭をポンポンしてくれて、それにいよいよ視界が滲んだ。こんな顔見られたくなくて下を俯くと、私が歩けるように手を引っ張ってくれた。負けるって、本当に辛いなぁ。


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bkm
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