「…おい、あれはどうした」
「流石に酷ない?あれ」
「俺達もどうしようもなくって…」
部活が終わり校門に向かっている氷帝テニス部は、目先にどす黒い雰囲気を纏っている人物を発見した。近付くにつれてそれが馴染のある顔だと分かり、流石の跡部と忍足も顔を引き攣らせている。それに困り顔の鳳が返事をすると、日吉は分かりやすく溜息を吐いた。
「お前いつまでその空気纏うつもりだ」
「あ、若、皆さん」
校門前で日吉達を待っていた萌乃は、覇気の無い声で顔を上げた。目の下のクマから肌色の悪さまで、いつもの彼女には到底似合わないそれらに彼らも眉間に皺を寄せる。
「なんか美味いものでも食いに行くか?」
「跡部先輩…素敵…」
「素敵って言う時の表情じゃないよね、それ」
滝の発言は的確で、いつもなら元気よく飛び付くのに今は死にそうな声でかろうじて笑顔を浮かべている。耐えかねた向日は何があったのか聞こうと口を開きかけたが、樺地が後ろから肩に手を置いた事によりそれは閉ざされた。そして横から、宍戸が小さな声で耳打ちをする。
「新人戦で惨敗しちまったらしい」
成程そういう事か、と彼らは納得したのか、前の方を日吉と歩いている彼女に再度目をやる。いくら落ち込んでもトレーニングは欠かしてないのか、最近引き締まって来た体は特に変わっていない。しかし顔を見るとあぁなのだから、やはり相当堪えている事が窺える。
「人一倍頑張ってたし、技術も他の1年生よりはあるはずなんですけど、スポーツはそれだけじゃどうにもならないですからね」
「その日のコンディションによって結果も大きく左右する。だが、挫折もスポーツには付き物だろ。俺様でさえ経験した」
「それをあの子が受け止められるまでは、もうちょっと時間が掛かりそうやな」
「弓道って簡単そうに見えて難しそうだC」
そう彼らが話していると、不意に日吉の手が萌乃の頭をバシン!と叩いた。傷心中でも容赦がなさすぎる彼を流石に酷いと思ったのか、彼らも目を合わせて駆け寄る。
「いつまでそうやってウジウジしてるつもりだ。たった1回失敗したくらいでずっとそうしてるつもりか」
「そんな事無いよ、練習はちゃんとしてるよ」
「それだけの問題じゃねぇだろ」
「落ち着いて日吉、自分の精神力を人にも同じように求めちゃ駄目だよ」
優しい滝の言葉で日吉も少し収まったのか、それ以上は何も言わずに萌乃の顔をジッと見据え始めた。沈黙が走り、何とも言えない気まずい雰囲気がその場に流れる。
「ごめん若、若はいっつも助けてくれるけど」
ようやく口を開いたかと思えば、その声は小さく震えている。
「若のやり方は、今の私にはキツすぎる」
いつもは大体喝を入れれば負けじと元気を取り戻していたのに、今の彼女にその活気は見られない。日吉もいい加減その事に気付いたのか、「勝手にしろ」と吐き捨てそのまま1人帰って行った。それを見て萌乃も1人で歩き始め、2人を追いかける者はこの場にはいない。
「青春やなぁ、あの子ら」
「本人達はそれどころじゃねえだろうがな。俺は迎えが来てるからあっちから帰る、また明日な」
勿論心配していない訳ではない。普段通りと言うには程遠い萌乃の姿を見て、早く戻って欲しい気持ちは充分にある。しかし日吉との問題には首を突っ込めないので、彼らはどこか名残惜しい気持ちでその場を後にした。