―――それからも兎に角練習漬けの毎日で、杏子との距離が日に日に遠ざかって行くのを感じつつも私は弓道だけに集中した。毎日馬鹿みたいに弓を引いて引いての繰り返しをしたおかげで、もっと自分に自信を持てた気がする。
「氷帝学園中等部、落ち、牧田萌乃」
そうして迎えた、新人戦当日。
アナウンスと共に一礼をしてから各々の位置につき、何度も見て来た的に焦点をしっかりと合わせる。小学生の頃までとは明らかに違った雰囲気に内心ドキドキしつつも、すうっと深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。むしろ落ち着いてくれえええ!
そんな私の心の叫びとは裏腹に、着々と矢は放たれていく。
「(あ、)」
後1本前の人が引いたら次は私の番、という時に、ふと応援席を見るとバッチリ杏子と目が合った。私を見た瞬間フと表情が変わったそれは、応援しているようにも怒っているようにも見えない。でもいっこうに目を逸らそうとしないので私はなんだか怖くなってしまい、逃げるように的にもう一度目を向けた。その後すぐに自分の番が来たので立ち上がり、嫌な汗が流れて来たのには気付かないフリをして意識を集中させる。
大丈夫大丈夫、絶対大丈夫。だって昔からやって来たんだもん。皆よりもずっと経験豊富だし、部活に入ってからも褒められてばっかりだったし、だから落ちに選ばれた。自信持って大丈夫。私は出来る、絶対出来る。
そこまで考えて、自分がいつもと違う事に気付いた。
「あれ?」
応援席から聞こえた小さい声に、嫌でもこれが最悪の状況だという事を知らされた。氷帝の人が言ったのか他校が言ったのかは最早どうでも良くて、もうこうなると頭の中が違う方向に持って行かれる。
なんで中たらないの??
若干震える手で3本目を携えて、ほぼ力任せに引くとなんとか的の端っこに中たった。一拍子遅れて聞こえた「よしっ!」という声援に、安心感と違和感が同時に押し寄せる。そこで得点表に目を向ける。1本ウチが負けてる状態だった。次で中てなきゃ負ける。次が最後。相手は無名校。氷帝は毎年全国常連校。こんな事あっていいの?いや駄目でしょ絶対!そう思い引いた矢は、ちっとも準備なんて出来てなかった。サクッ、と地面に刺さる。
「ドンマイ牧田ちゃん、次があるよ」
「これ新人戦だし、もっと大きい大会で頑張ろう!」
「こういう時もあるよ」
同じように打った3人はそう言って励ましてくれたけど、いつも浮かべてる笑顔なんて到底作れそうになかった。何だこれ??もうそれでいっぱい。四射中、一回しか中たらないなんて、練習でも有り得なかった。
裏に戻ると、見に来てくれた3年生は勿論、同級生や先輩も皆気まずそうな顔をしていた。それを見ると段々顔は俯いていって、今はもう足元しか見えない。
「1年生にとって今日は初めてだからな。とりあえず着替えて来なさい」
いつもは厳しい顧問の優しい言葉に、目元がちょっと潤んで来た。いやダメダメ、ここでそれはナシ。そう思って道着で荒々しく目元を擦り、ズンズンと更衣室に向かう。
「ねえ、どうしたの」
「杏子」
「何、あれ」
着替えている途中で話しかけていた杏子は、私と同じかそれ以上に情けない顔になってる。口調は突っ撥ねてるけど、怒ってるんじゃない。
「あれなら私の方が、良い成績出せたよ」
がっかりさせちゃったんだ。
杏子の後ろにいる同級生も眉毛を下げていて、周りを見ると皆も、なんて期待外れな事しちゃったんだろう。
「ごめん、なんか打つ寸前でよく分かんなくなって」
あんな気持ちは初めてだった。緊張する事はあってもあそこまで不安になるというか、自分が自分じゃなくなるような感覚に襲われる事は一度も無かった。だから説明のしようがなくてそのまま言葉に詰まると、杏子は痺れを切らしたように私の頭を抱えてぎゅーっとしてくれた。仲直りのはずのそれに、ちっとも幸せな気持ちになれなかった。楽しくて大好きな弓道は何処に行っちゃった?