「うっわどうしたの萌乃!酷い顔!」
「ジロー先輩、それストレートに言っちゃ駄目な言葉です」
一向に気分が上がらないまま翌日を迎え、先生に頼まれてノートを職員室まで運んでいる途中でジロー先輩に会った。珍しく覚醒してるみたいだけど相変わらず言葉選びというものを知らないんだから!なんて思いつつこんにちは、と頭を下げる。つられて先輩もこんにちは!とニッコリ。眩しいなぁ。
「あ、そういえば昨日の部活帰り宍戸がおめえの事心配してたなぁ。この顔見て納得だC」
「ほんとひつれいでふよジローへんはい」
両手で頬をギュウー、と挟まれ、挙句の果てには「変な顔!」。なんだこれ散々だ。でも先輩はノートをちゃっかり持ってくれたので許しちゃう。現金だなぁ私。
それから職員室で用を済ませると、不意に先輩は腕を掴んで意気揚々と歩き出した。「何処行くんですか?」と聞けば元気に「屋上!」そんなお返事。どうやら私も行くらしい?サボるとなれば若に怒られる事間違いなしだけど、今はそんなのも考えてられないくらい思考が鈍っていた。もうどうにでもなれぇー。
「んで、どうしたの?」
屋上に着いてバタン、と扉を閉めると、思いの外先輩は真面目な表情を向けて来た。どうしたもこうしたもまた私の性格が原因です。とはいえそれだけじゃ伝わらないから、ぽつりぽつりと昨日の経緯を話してみる。
「結局私、忍足先輩の時からなんにも変わってないんです。むしろ三笠先輩の時も同じ事しちゃって、でもあの時は解決したから、だから実際変わらなくてもいいかなって甘えてて」
「三笠先輩って誰か分かんないけど、とりあえずまたお節介しちゃったの?」
「そうなんです…」
「ありゃまぁ」
流石のジロー先輩もちょっと困ったように笑って、「それはどうしようもないねえ」と一瞬でこの悩みの答えを出してきた。硝子のハートにはちょっと厳しいですジロー先輩。
「俺は跡部に怒られても次の日何事も無かったかのように話しかけるけど、女の子同士はそうもいかないもんねえ」
「女子同士のいざこざとかあんまり意識した事無かったんですけど、今回でなんとなくこういう事かって思いました」
「難しいなぁ〜」
ごろん、と地面に寝っ転がった先輩につられて私も同じ体勢を取る。もしかしてこのまま寝ちゃうかなと思ったけど、隣を見れば先輩はしっかりと目を開けて空を見ていた。こういう時は意外とちゃんとしてるんだなぁ、ってこれ失礼?
「その子が怒ってるうちはきっと何言ってもムカつかせちゃうだけだから、しばらくは距離置いた方が良いかもね」
「本当は今すぐにでも話したいんですけど、駄目でしょうか」
「萌乃、ちょっと我慢強くなった方が良いと思うよー」
そこでまたもやサラッと正論を突かれて、いよいよ本格的に心が挫けそうになる。言ってる事だけ見ると若の方が何倍も辛辣なはずなのに、ジロー先輩が言うからこそ重みがあった。
「勿論そのままの萌乃で全然良いけど、直さなきゃいけない所は直した方が良いよねえ」
「はい」
「俺も跡部にいっつも怒られても気にしなかったけど、ある時いい加減にしろって1回だけ凄く怒られた時あったんだ〜。だから、1回で気付けた方が絶対萌乃にとっても良いと思うんだ」
口を開けば跡部先輩の名前を出すあたり、本当に大好きで尊敬してる事が言葉の節々から読み取れる。ジロー先輩のお手本はまさしく跡部先輩なんだろうなぁ。テニス部も弓道部も私の先輩は本当に素敵な人達ばっかりで、お手本が沢山あってつい目移りしちゃうけど、それって凄く贅沢な事なのかもしれない。
「私、杏子の事大好きだから仲直りしたいです」
「うんうん」
「今すぐには無理でも、ちゃんとまた仲良くなりたいです」
「その調子、焦っちゃ駄目だよ」
「頑張ります」
「頑張りすぎても駄目だよ」
「ジロー先輩注文多いです」
「あはは、ごめんね〜」
その言葉を最後に私達は静かになって、数秒後には先輩のいびきが耳に入った。うるさいはずなのになんか落ち着くんだから、やっぱり先輩って凄い。そんな訳の分からない事を思いながら目を閉じると、なんとなくさっきより不安が無くなってすうっと眠りにつけた。でもそれを若に見つかって先輩と2人一緒に怒られたのは、また別の話。