「すみませんでした」



大会から2日が経った日の部活で、会議が始まるなり三笠は開口一番そう言って頭を下げた。誰もが困惑した表情でアイコンタクトをとっているが、顔を上げた三笠はいつも通り毅然としてる。



「3年生にとって最後の大会であんな無様な矢を放ってしまって、本当にすみませんでした。1、2年生にも情けない姿を見せてしまい、なんて謝ればいいのかわかりません」



そこで初めて表情を歪めた三笠に助け船を入れるように、顧問が彼女の手に肩を置いた。同時に梶原も向き合うように立っている彼女の隣に移動し、背中に手を当てる。



「三笠は大会当日、会場に来る途中で自転車と接触したんだ。その時咄嗟に右手をついてしまったのだが、直前の練習時に異常は無かったからそのまま選手登録をした」

「本当にその時は何の痛みも無かったんです。もしあったら、控え選手にちゃんと交替を申請していました。そこだけは誤解しないでほしい」



対立海戦にベストメンバーで出場出来ないというのはかなりの痛手だが、三笠は部員を信用しているゆえにその判断は決して外してはいなかった。しかし、当の本人と顧問が自信を持って異常なしと言える状況だったのだから、そのままのメンバーで進めようと思うのは至極普通の事だろう。

が、異常が起こったのは一矢目を引いたその瞬間だった。



「弓を引く所まではまだ大丈夫だった。でも、放った瞬間いつもと確実に違う手応えがあった」



勿論その手応えというのは、ここではマイナスの意味で使われる。

どれだけ力一杯引っ張っても的まで辿り着かない、あるいはコントロールが出来ないあの状況は、三笠にとって生き地獄そのものだった。普段はそんな態度は見せないが、氷帝随一の選手として認められてきた彼女にも誇りというものがある。それを最後の最後で崩された感覚は、萌乃が泣き腫らした先日以上に悲惨だったに違いない。



「本当はこれを話すのも迷ったけど、部員には事実を言っておくべきだと思ってこの場を借りました。怪我のせいにもしたくないし、どうであれ私が負けたのは事実です。改めて本当に」

「先輩は最後まで格好良かったです!!」



と、その時。張り詰めた雰囲気には随分と場違いな声が響き、全員の視線はその人物に向けられた。言うまでも無く萌乃である。一気に注目を浴びた彼女は自分が無意識で叫んだ事にようやく気付き、目を丸くしハッとしながら口を塞いだ。やってしまった、とまたちょっと挫けそうになった直後、近くから別の叫び声が聞こえて来る。



「そうです、謝る必要なんて無いですよ!」

「これで痛みもあったまま出場してたなんて言われちゃ私達の立場が無いけど、あんたに限ってそれはないもんね」



萌乃と同じように三笠を慕っている1年生と、今回控え選手として登録されていた3年生だ。その言葉を区切りに他の部員からも次々と声が上がり、最終的に道場内には静かな拍手が響いた。あまりの急展開に三笠は驚いたように口を開けているが、梶原から再び背中を叩かれた瞬間、弾けるような笑顔がそこに浮かぶ。



「改めて本当に、ありがとうございました」



恐らく先程はそのまま謝罪を続けようとしていたのだろうが、今になって変えられたそれに拍手の音は大きくなった。流れに任せて萌乃も小さな手で一生懸命手を叩いていると、隣にいた3年生から「やるじゃん」と肘で小突かれ、思わず舌を出す。

お礼を言いたいのは私の方なのになぁ。

何度その立ち姿に憧れたっけか。昔からやっていたから自信のあった射法八節も自分より遥かに綺麗で、一度握り皮を巻いて貰った時は引きやすすぎて一瞬で弓道が上達した気がした。初めて隣で引かせて貰った時は緊張しすぎて思わず耳を打ちそうになったり、初めて怒られた時はかなりヘコんだし、時々素っ気ない態度を取られると何が原因なのかその日一晩中悩んだ。でもその分褒めて貰えた時は倍嬉しかった。



「牧田はその涙腺をどうにかしなさい」



いつの間にか目の前にいた三笠先輩は呆れながらそう言うと、梶原先輩と一緒に大きな声で笑った。更には便乗した周りにも笑われて、なんだか恥ずかしかったけど、昨日跡部先輩に向けたようなぐちゃぐちゃな笑顔が自然にこぼれた。


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