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「嘘、でしょ」



1年生の誰かが小声でそう呟いたのが萌乃の耳に入る。競技中に私語をすればいつも上級生は鬼のように怒るが、今は誰も対応しない、いや、出来ないのか、不安そうな目で道場を見つめるばかりだ。三笠の親友である梶原のみが凛としていて、それを見て萌乃も見習うように背筋を伸ばす。

正直、負けはもう確定していた。今行われている3回戦の対戦校は立海大附属中なのだが、落ちの三笠が最後の矢を放つ現時点で○の数は向こうの方が圧倒的に多い。しかし、氷帝部員が信じられないといった表情を浮かべているのはそれが理由では無かった。



「(三笠先輩に限って、そんな)」



口に出してしまいそうな不安をグッと心に押し込んだ瞬間、三笠の矢が放たれ、そのまま的の外へ落ちて行った。

審判が、4つ目の×を三笠の欄に記入する。



「氷帝の三笠選手って去年個人で良い所まで行ってなかったっけ?」

「最後の最後で皆バツかぁ」



悪気があるようには思えないが、今の萌乃からするとそれは立派な野次にしか聞こえなかった。なのでその他校生に向けて厳しい視線を送ると、気付いた彼女達はそそくさとその場から離れて行った。

皆バツとは皆中の真逆を指し、4本の矢全てが外れてしまう事を言う。三笠はこれまで練習中はおろか、試合でそんな成績を出した事は萌乃の記憶上一度も無かった。他の上級生の唖然とした表情を見て、きっと自分が入学する前もこんな悲劇は無かったんだろうなと悟る。

僅かに肩を落としている顧問に続き、ぞろぞろと自分達の控室に戻る。その間、梶原はすぐに三笠の隣へ行ったが、2人が言葉を交わす事は無かった。



「3年生は今までよく頑張った。今日は家に帰って各自充分に休みなさい」



無駄な話を一切しない顧問に、何人の部員が助けられただろうか。勿論それは萌乃も例外では無く、解散の合図と共に友人の誘いを断って足早にそこを後にした。

嘘だ嘘だ嘘だ。その言葉ばかりが頭の中を駆け回る。構えも横顔も何もかも、いつも通り、むしろいつも以上に輝いて見えた。どうして。なんで。誰も答えようのない疑問は何処にもぶつける先が無い。



「萌乃ちゃん!」

「お前自分から見に来いっつったのに先帰るってどういう事だよ」



とその時、後ろから聞こえた声でハッとしたように振り返る。そこには自分が是非来て欲しいと我侭を言って来て貰った3人がいて、ランニングがてらに来ると言っていたので服装はスポーツウェアだ。なんて事はどうでもよく、萌乃は馴染の3人の顔を見た瞬間涙腺が緩んだのかボロボロと涙をこぼし始めた。突然の事に勿論泣かれた側はぎょっとする。



「な、泣かないで萌乃ちゃん」

「ウス」

「お前が泣いてどうするんだよ」

「だって…」



溜まらず真正面にいた樺地にガバッと抱き着く。その先の言葉は、何を言っても失礼になる気がして言えなかった。しかしそんな彼女の心情を3人は読み取ったのか、両端の鳳と日吉も彼女の背中をあやすように叩く。野外での袴姿はただでさえ浮く上に、4人で固まっているその光景は人目を引くに充分だ。それにしばらくしてから気付いた萌乃達は、ゆっくりとした足取りで帰路に着き始めた。



「せめて着替えてから出て来いよ」

「うん、ごめんなさい」

「それにしても、三笠先輩はどうしたんだろうね」

「わかんない」



三笠の話は萌乃が常日頃3人に話しているので、勿論名前は知っている。そして、その強さも。

しばらく無言が続いたが、萌乃の荷物を持ってやっている樺地が彼女の肩にポン、と手を置くと、彼女はまた堰を切ったように涙をこぼし始めた。小さい頃はよくギャンギャン泣いていたが、今はそれとは訳が違う。もしかしたら今まで見た事が無い程の悲痛な涙に3人はどうする事も出来ず、いつもは冷たい日吉も今ばかりは裾を握ってくるその手を振りほどけなかった。


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