「ぐぉおおぉお…!」
「で?何やらかしたんだ」
翌朝。教室の机にて頭を抱え悶えている萌乃を見て、日吉は溜息を吐きながら話しかけた。その質問に萌乃は両腕の間からチラリと彼の事を盗み見して、また絶望したように机に突っ伏す。
「面倒臭い」
「痛い痛い痛い痛い」
そんな萌乃を面倒に思った日吉は、彼女の頭を捻り潰す勢いで掴んだ。目にはうっすらと涙が溜まっており、少しやりすぎたか、と後悔したものの、それを口に出せるほど素直でも無い。
「…忍足先輩が」
「あの人、今日の朝練めちゃくちゃ機嫌悪かったぞ」
「やっぱり!?」
「それで跡部部長と喧嘩した」
「うごぉおおぉおおぉ」
頭を抱えるという仕草に加え、机に頭をガンガンと打ちつけ始めた萌乃は、クラスメイトの奇怪な眼差しを一身に受けた。それに気付いた日吉は再び全力で彼女の頭を掴み、無理矢理顔を上げさせる。
「だから何言ったんだよ、お前」
「…絶対勿体無いです、って」
「はぁ?」
珍しく日吉が素っ頓狂な声を出したが、今はそれどころでは無い。
「長太郎が言ってたでしょ、テニスはチームワークが無きゃ出来ないって」
「あぁ、いつだか熱弁してたな」
「でも、忍足先輩は自分が動けてればいいって感じみたいで」
「…で、言ったのかそれを」
「…オブラートに包んで」
「包み切れてないだろ」
兼ねてよりこの幼馴染がお節介なのは重々承知していたが、まさかここまでとは。それを聞いた日吉はだからあんなに機嫌が悪かったのか、と理解し、また深い溜息を吐いた。この短時間で何度目になるか分からない彼の溜息を聞いた萌乃は、恐縮したように肩を縮こまらせている。
「やっぱり私が言って良い事じゃなかったのかな」
「お前は無関係だからな」
「やっぱり…」
「…でも、」
とそこで、2人の会話を憚るようなタイミングでHR開始のチャイムが鳴り響いた。各々の席に戻って行く周りを見て、日吉も言葉の続きを発さないまま自分の席へ向かう。
「(それを言われて、1日経っても尚機嫌が悪いという事は)」
後ろからは、自分の事を凝視している萌乃の視線をひしひしと感じる。日吉はそれに気付いていながらも彼女には一切目をくれず、その代わりに誰にも分からないように小さく、1人鼻で笑った。