「少し疲れた」 「おっけ、じゃああそこで休もう」 これまでよりも更に歩くスピードを落として、手を引きながらテラスがある喫茶店に入る。日曜日の街中は何処も混んでいて騒々しいけど、こじんまりとしたこの喫茶店は静かで居心地が良い。テラス席に座れば春の風が身を包んで、俺達はようやく一息吐いた。 「今日は結構歩いたね。最近運動不足だったから丁度良かったんじゃない?」 「あぁ、帰ったらぐっすり寝れそうだ」 「また寝る事ばっかり考えてる。この子にその癖移ったらどうするのさ」 今月に入ってようやく安定期を迎え、俺達はまた今まで通りに何処かへ出かけるようになった。結婚2年目にしてようやく授かった命だけど、つわりがピークの時期は正直見ているこっちまで不安になる程体調が酷く、俺もこいつもそれなりにストレスを抱えていた。 「そういえば、景吾君がベビー服を送ってくれると言っていた」 「気が早いなぁ相変わらず。赤也達からももうおもちゃ貰ったし、うちに置く場所あるのかなぁ」 「四天の皆もくれるって」 「あいつらの悪ノリが1番タチ悪そう」 滅多に泣かないこいつが夜中にトイレで1人で泣いていた時、俺はこの小さな体を抱きしめる事しか出来なかった。産みたいけど辛い、そう嗚咽交じりに呟いた弱音は多分今まで聞いて来た中で1番悲痛なもので、2人で朝まで泣き腫らしたのがもはや懐かしい。 「ねぇ、もし女の子だったらどうする?」 「料理を教える」 「お前出来なくて苦労したもんね、昔。じゃあ男の子だったら?」 「間違っても真田君のようには育てない」 「言えてる!」 まだまだ気を緩んではいられないけれど、あの辛い時期を2人で乗り越えられて本当に良かった。出産の痛みは人によって違うらしいから何とも言えないにしても、俺は何があってもその瞬間には絶対にこいつの手を握っていると決めている。 「蓮二に暗算教えさせようか。柳生には礼儀作法」 「仁王君にはマジックとか」 「あ、女の子だったらブン太にお菓子作り教えさせる?」 「それは良い考えだ」 「赤也は…ちょっと危なっかしいなぁ」 「子守は桑原君が1番適任だと思う」 「好きな事させてやりたいね」 「あぁ。いつも笑顔でいてほしい」 「お母さんは無愛想だからねーお前はそんな風になっちゃだめだよー」 「うるさい」 茶化すようにお腹を撫でてやれば、口を尖らせながらもなんだかんだでその表情は緩んでいて俺の方までにやける。 どんな子が生まれてくるかな。元気な子かな、大人しい子かな。やっぱり大食いになるかな。俺達の子供だから顔は良いよね。女の子だったら俺、多分凄い過保護になっちゃうなぁ。服は何を着せてやる?歩くようになったら何処に行く?どんな名前にする? 話し出せばキリがないそれは結局1時間以上続いて、夕日が差してきた所で俺達は喫茶店を後にした。行きよりも更にゆっくりな歩調で、繋いでいる手を子供のようにぶらぶらさせながら歩く。 「ま、無事に生まれてきてくれれば充分だよね」 「あぁ、充分だ」 通りすがった親子に目を向けて、頭の中で描くには幸せすぎて爆発しそうな未来にまた胸が膨らむ。 今日はカレーが食べたい。唐突に言われたその言葉は俺に料理当番を頼む時の口調で、俺はそれにはいはい、と苦笑しながらも、すぐに隠し味には何を入れようかななんて考えていた。 |