「きゅんって音がするらしいです」の続きです。


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俺は今、物凄く悩んでいる。この前の彼女の誕生日に星空を見に行った時、彼女は心底その光景を気に入ってくれたので、俺はすぐにプラネタリウムを購入した。本当は彼女の家で観れるようにとプレゼントするつもりだったのだが、彼女は自分の家の風呂場に置くには豪華すぎると言い、俺の家に置くよう願い出た。あまり何かを要求してこない彼女がそう言うのは珍しく、2つ返事でそれを了承したのは言うまでもない。

…とか言うのは置いといて。



「…本当に入って良いのか」

「…うん」



俺は今、物凄く悩んでいる。目の前には彼女が先に入っている風呂場の扉があって、そこに俺は腰にタオルを巻いた状態で立っている。

彼女と付き合ってから、今月で8ヶ月ほどになる。知っての通り彼女は今まで付き合った事はおろか恋愛もした事がなく、中々その、キス以上?までの関係になるキッカケが無かった。別に、今すぐ絶対にそれ以上の事をしたいという訳でも無いし、そんな事はしなくても幸せな事には変わりないし、何よりも俺は彼女の意志を尊重させたかった。しかし、今回のこのプラネタリウムでようやくそのキッカケが生まれたのである(なんだかんだで待ち望んでいた事を自覚して、若干やるせなく思うくらいは仕方ない)。

プラネタリウム本当に綺麗だよ、それは良かったな、跡部君も一緒に見ないの?

そんな会話を交わしたのがつい30分ほど前だ。彼女はこれまでも何回かプラネタリウムを観に俺の家の風呂に入っているが、恐ろしい事にそれまで何も無かった。本当に彼女は観賞に来ていただけで、俺はプラネタリウム会場を提供していただけだった。だから、彼女からその誘いが来た時は心底驚いたし、言った数秒後に爆発しそうなくらい顔を赤くさせた彼女の事を俺は忘れない。むしろ忘れてやるものか。



「あ、あの、いきなりごめんね。別に変な意味で言った訳じゃ無かったんだけど」

「入るぞ」



こんな風に狼狽えるという事は、流石の彼女も事の成り行きを理解している。それを嬉しく思う反面、どこか寂しさもあるのは男として情けないので言わない。無知な彼女も女の表情を見せる彼女も、どちらにせよ俺は可愛くてたまらないのだからそれでいい。

しどろもどろな言葉を遮るように、意を決して扉を開け、暗い風呂場に足を踏み入れる。薄暗い中目を凝らしながらバスタブに近付くと、彼女は俺に背中を向けているのが窺えた。一度深く息を吸って吐いてから、彼女と同じ湯船に浸かった。



「綺麗だな」

「う、うん」

「…こっち来いよ」



終始俺に背を向けてくる彼女にそう言えば、広い湯船から徐々に俺に近付いて来て、そのままその小さな背中を後ろから抱き締める。



「跡部君、心臓が爆発しそうだよ。変だ」

「俺もだ」

「…星、綺麗だね」

「それしか言ってねえぞ」

「でも、やっぱり跡部君のそばに居るのは好きだなあ」



プラネタリウムの僅かな機械音と、湯が体に当たる音と、お互いの心臓の音だけが風呂場に響く。それだけでも充分心地良いが、いい加減俺も我慢の限界が来たのでそこに違う音を混ぜ込んだ、のはそれから10分ぐらい経ってからの話だった。心臓が爆発した。
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