なまぬるい感情が行き来する



「終わったんじゃのう」

「そうだなぁ」

「あぁ」



立海が全国優勝して、景吾君を始めいろんな人達から祝いの言葉をもらった。中には相当悔しがってた人も勿論いたけれど、私達の優勝を責めるような人達は1人もいなかった。

優勝が決まったあの瞬間、自分の中で何とも言えない感情が胸の奥から湧き出てきたのを、今でもはっきりと覚えている。嬉しいような、信じられないような、そんな言葉では言い表しがたい感情だった。でも、ガッツポーズだけは忘れずにやった。



「あー、いよいよこのテニスバックともお別れかぁ。実感ねえなー」

「中学からずっと使ってたからのう。ちと寂しいなり」



丸井君と仁王君は、机の横に立てかけてあるテニスバックに軽く触れながらそう言った。2人にしてはやけに感傷的な表情で、つい違和感を抱く。そしてその違和感は非常に居心地の悪いものだったので、一刻も早くそれを無くす為に2人の頭を結構な力で叩いてやった。いてえ!と涙目で抗議する2人をいつも通りつらっとした表情でかわし、大会が終わってから書き始めた、マネージャーの引き継ぎノートに手をつける。

でも、確かにあの大会が私達にとって(別に私は出場してないが)本当に最後のテニスだったかと思うと、なんだかんだで感慨深いものはある。このメンバーだけでテニスをすることはもう無くて、というか大学に進んでからもテニスを続ける人は実際問題あまりいないだろう。ほぼ皆、これが本当に最後だとぼやいていた。

そして、勿論それに伴い私のマネージャー生活にも終止符が打たれた。皆より始めた時期は遅かったが、中学3年から約4年間、我ながら兎に角走り続けてきたなと思う。



「つーか田代、お前それ何書いてんの?」

「引き継ぎノート」

「誰に渡すんじゃ」

「1年生でも、新しく入るマネージャーでも、誰でも。ウチの部は監督があまり部に関与していないからその分マネージャーにも特殊な仕事が回ってくる。だから、その事を伝えなきゃ後輩達が困るだろう」

「ほんとお前なんだかんだ優しいよなぁー。大好きだぜぃそういうとこ!」

「そうか」



ぐいっと無理矢理肩を組まれた事を鬱陶しく思いつつも、真横にいる丸井君は無駄に爽やかな笑顔なので、特に何も言わない事にする。それからしばらくして教室に入ってきた担任が、「始業式始まるぞー廊下に並べー」とやる気のかけらもない声で生徒に呼びかけたので、仕方なく重い腰を上げて廊下に出る。椅子を持つのが億劫だ。



「あ!先輩達ー!」

「おぉ赤也ー、ってお前いつも以上に頭やべえぞ!どうしたそれ!」

「ちょ、そこは触れないで下さいよ!寝坊ッス寝坊…朝シャンする暇なくて」

「髪があらぬ方向に曲がっとるぜよー」

「晴香先輩どうにかしてこの人達!」

「眠い」



廊下で出くわした切原君は、当たり前のように自分のクラスの列から抜けて私達の所へ寄って来た。流石に椅子を持っているから抱き着いては来なかったが、いやはやいちいち距離が近い。

結局4人並んだまま体育館に足を踏み入れると、入口付近にいた先生に早速注意されて、切原君は渋々自分のクラスに戻って行った。不機嫌モード全開のその背中を見送っている丸井君と仁王君の口元にはしっかりと弧が描かれていて、私もそれを見て軽く笑った。



「いつまで経っても親離れしないのう」

「子離れしてないのは君達もだろう」

「田代ー、言っとくけど他人事じゃねえかんなそれ!」



そうして私達も出席番号順に別れる為に一度その場を離れ、各々の場所に腰を降ろす。するとその瞬間、周りの人達から口々に「優勝おめでとう」という類の言葉をかけられ、それに対し私はただただ淡白な返事をしていった。

何故優勝したという実感があまり無いのかそれなりに考えてみた結果、きっとまだ皆で打ち上げをしていないからかもしれないな、なんていうしょうも無い答えが出た。恐らく、あながち間違ってない。
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