「パエリアとカルボナーラ下さい」 「か、かしこまりました」 口元が引き攣っている店員に向かってそう言い放った田代は、再びまだ残っているピザを頬張り始めた。皿はその都度店員が下げて行ってくれてるから机の上は綺麗だけど、もし下げられていなかったら大混雑している事間違いなしだ。 「ほんっとお前は美味しそうに食べるね」 「現に美味しい」 「さっきから頼んでるけど、それ何のピザ?」 「チーズ」 「俺も食べたい」 「はい」 ピザを片手で食べ、片手で渡して来た田代に苦笑しながら礼を言い、俺も大口でそれに齧りつく。まだ暖かさが残ってるからチーズはよく伸びて、確かにこれは食べる手が止まらなくなるのもわかるなと思った。田代は現時点でこのピザを4枚頼んでいる。 一切れ食べ終わった後にまだ食べたいという欲求が発生した俺は、ピザを取る為に田代の目の前にある皿に向かって手を伸ばした。が、その手は瞬時に払われ、代わりにドリアを差し出された。うん、意地でもピザは渡したくないらしい。 「また頼めばいいじゃん」 「さっき頼んだ。そっちが来たらあげる」 「どんだけ食べたいのさ」 今ある分のピザはもう無くなってしまうから渡したくない、って事ね。このブラックホール胃袋女、と密かに毒を吐きつつ、食べる姿を見ていて心が和まないわけではないので大人しくドリアに口を付ける。俺もとことんこいつには甘いなぁ。 それからしばらくして田代の胃袋がようやく落ち着いた頃、相変わらず口元が引き攣っている店員がラストオーダーを聞きに来た。そういえば時間指定されてたんだっけ、あー何頼もうかな。いいや田代に任せよ。そんな俺の心の声が通じたのか、田代はデザートをきっちり4人分頼んだ。言わずもがな、田代が1人で3人前を食べる。 そしてデザートも食べ会計もチケットで済ませ、俺達は店を出た。この時点で14時、まだ時間は余っている。 「幸村君、これ」 「え?」 俺的にはこの後も何処か出かけたいなと思っているけど、田代の事だから飯だけ食べたらさっさと帰りたがるかもしれない。そんな出来れば現実になってほしくない予測を頭の中で浮かべていると、ふいに田代はチケットを取り出し俺に渡して来た。食べ放題券はさっきもう使ったから、これはまた違うチケットだ。 何々、桜祭り?…ん? 「何これ?」 「昨日お母さんとお父さんに行こうと誘われたのだが、私は行けないと言うと3人じゃないなら嫌だとかで譲ってくれた」 「この桜祭りって、毎年神社でやってるやつ?」 「あぁ。このチケットがあれば食べ物が3品無料になるらしい」 「また食べ物かよ」 あれだけ食べておいてまだ食べたがる田代はもはや化け物並だと思うけれど、これはつまり、この後も田代と一緒に過ごせるという事だ。いやいや、そんな機会逃してたまるか。そう思った俺は二つ返事で行く、と言い、俺達はまた肩を並べて歩き出した。 「苺大福が美味しいらしい」 「正直俺もう腹きついから、俺の分のチケットも使って良いよ」 「それは本当か?」 あれが良いこれが良いと、食べ物の事となると饒舌になる田代を横目で見ながら言葉を発すと、急に右腕をその小さな両手で掴まれた。突然の事に足が止まる。 「本当、だけど」 「ありがとう、幸村君」 まだ数えるほどしか見ていないその笑顔は、いつもは俺“達”の前で見せて来た。でも今は俺だけの前で見せている。例え理由が全く色気のないものでも、その事がどれだけ特別で俺にとって嬉しい事か、こいつはわかっててやってんのかな。…いや、わかるわけないか。だって田代だし。 俺はパッと離れた両手を再び掴む事無く、そのまま一定の距離を保ちながら再び歩き始めた。歩みを進めれば進めるほど桜祭りの会場、神社に近付いて行って、辺りの騒がしさが耳に付くようになってくる。でも、この喧噪の中でも田代が隣にいるなら悪くないと思ってしまった辺り、多分もう引き返すのには遅すぎる所まで来てるんだろうな、と自覚した。 「…ほっぺハムスターみたいだよ、お前」 「美味しい」 桜が乗った風に吹かれながら食べ物を頬張る田代は馬鹿面だけど、不覚にも、ほんっとーに可愛いなぁと思った。 |