それはいつもの晴れた日の事



「だーかーら!!いちいち言わなくていいですってば!!」

「講義中に大声を出すな!」

「弦一郎、お前も充分うるさいぞ」



全学部合同の選択講義中、前に座っている切原君と真田君は不意に大声をあげて喧嘩し始めた。それを2人の間に座っている柳君は止めようとするが、中々うるさい声は止まない。最終的に、彼が持っていた分厚い辞書で2人の頭を叩く事により収まった。



「大体赤也、なんでお前がこの講義受けてんだよ」

「いいじゃないっすかー、俺もう今日の講義終わって暇なんすよ」

「ええのう、俺は後3講もあるぜよ」

「2年生はこれからが大変ですからね」



切原君の左隣にいる桑原君がそう問えば、彼はあくびをしながら悠長な返事をし、後ろに座っている仁王君はそれに対し恨めし気な視線を送った。ちなみに仁王君の左隣には柳生君、右隣に丸井君、その隣に私、そして幸村君という順番だ。位置的にはちょうど柳君の真後ろである。

大学3年生に進級したというのに、今日も私達は変わらず賑やかな日々を過ごしている。2年生の頃はレポート提出などが1番大変な学年で、これまでよりは若干勉強漬けの日々が続いたが、それでも自然と集まる事は忘れなかった。3年生になった今年は就活以外を除けば比較的楽に過ごせそうなので、ようやく睡眠を沢山摂取出来ると思うと嬉しくて溜まらない。



「うおやべ、最悪ガム無くなった。菓子くれ田代」

「ハイチュウならある」

「どこ?」

「鞄の外側の小さいポケット、そこじゃないそっち」

「あったあった、サンキュー」



簡単に単位が貰えるから取っておくべき、とテニス部の前部長から聞いて選択したこの講義は、確かに私語をしていても寝ていても何も言われないし、楽な事この上ない。周りを見渡しても友達と喋っていたり携帯をいじっている人がほとんどで、入学したての頃はこの自由すぎる雰囲気にどれだけ違和感を抱いた程か。



「しかし、これは本当に講義と呼べるのか?誰も何も聞いていないではないか」

「いいんっすよ、息抜きと思えば!副ブチョってば相変わらずカタイんだからー」



しかしそれも今では慣れ、私は丸井君と共にハイチュウをもちゃもちゃと頬張った。そこで先程から何も喋らない右隣に視線を向ければ、その顔は窓から差し込む心地良い陽射しに照らされており、頬杖をついたまま眠っている。



「幸村も、テストが楽な授業ではよう寝るようになったのう」

「完全に田代の影響だろぃ」

「しかも中々起きない」



2人の言葉に続いて彼の頬を人差し指でつついてみるが、一向に目を覚ます気配が無い。だから、少し悪戯してやろうと筆箱から油性ペンを取り出すと、キャップを外そうとした手をガッと掴まれた。…起きたのか。



「おはよう幸村君」

「お前のやろうとしてる事なんてお見通しだよ」

「出来心だ」

「水性じゃなくて油性って所が容赦ないよね」



幸村君がそう言ったと同時に授業終了のチャイムが鳴り、生徒達は一斉に立ち上がってさっさと荷物をしまい始めた。勿論私達も例外ではなく、次の講義に行く為に鞄に各々の教科書類をつめた、のだが。



「さぁ先輩達、行くっすよ!」

「は?何処にだよ」

「海っす!!」



何を張り切っているのかと思えば、切原君は最近お父さんの知り合いから貰ったという車の鍵を右手に持ち、高く掲げた。質問をした桑原君だけでなく、全員の目が点になっている。



「赤也、俺達はまだ講義がある」

「嫌っす!今日が良いっす!」

「今日はまたどうしたの、突然」



困ったようにあやす柳君と幸村君の言葉に、切原君は一度右手を降ろした。そして私達の事を上目で見やり、また小さく口を開く。



「俺来週から忙しくなるんす。流石にこれまでみたいに遊んでばっかじゃ本気で留年しちまうんす。でも、先輩達はどうせいっぱい集まって遊んでるんでしょ。今日ぐらいいいじゃないっすか」



数分後、全員が車に乗り込んだのは言うまでもない。



***



「海だーーー!!」



着いてみるとなんだかんだでテンションは上がるもので、丸井君は叫び声をあげながら桑原君と切原君を両隣に、海へ駆け出して行った。紫外線が苦手な仁王君は持ってきたシャツを頭から羽織り、既に疲れ切った表情を浮かべている。

やたらとでかいワゴン車を走らせる事約20分、辿り着いたこの海はずっと前にも来た事がある。確かあれは中学2年の夏休み、まだ私はテニス部のマネージャーになる前だったが、早朝に突如家まで乗り込んできたこの人達に強制連行されたんだったか。あの時忍足君と謙也が働いていた海の家は、今はまだ季節じゃないからか閑散としていて、海の音とこの人達が騒ぐ声だけが耳に入る。



「ここで幸村の特訓を受けたのが懐かしいな!」

「やったねー、あの頃が1番行動力あったよ」

「今でもあるだろう。なんせ、授業を抜け出して急遽海に来てしまうくらいなのだからな」

「確かに、正論ですね」



柳生君がそう言い終えたと同時に、スタートダッシュを切った3人は両手に何かを持ってまた戻って来た。隣に立っていた仁王君は、それがなんなのかいち早く気付いたのか、逃げるようにして違う方向へ走り去って行った。

一体なんだろう。そう思い目を凝らして3人を見つめた、のが悪かった。



「ワカメーー!!」

「クラゲーー!!」

「なんで俺まで…」



切原君は大量のワカメ、丸井君は大量のクラゲの死骸、桑原君はその両方を抱えて私達に迫って来ている。とうとう自虐ネタに走った切原君はまだいいとして、問題は後の2人だ。いくら死骸とはいえクラゲをぶつけられてはたまったもんじゃないので私も走り出そうとした時、背中にべちっ、と嫌な音を立てて何かが当たった。見なくてもわかる、クラゲだ。



「やべえ!田代の全力疾走久々に見た!超はえーーー!」

「晴香先輩待ってーー!!」



先を行く仁王君に追いつく勢いで走り出せば、後ろからはそんな野次が聞こえて来て苛立ちは増すばかり。なんで成人にもなってこんな走らなければならない、と不満を募らせていると、急に誰かが私の左手を掴んだ。



「はい、クラゲ」



なんだと思い上を見ればそこには満面の笑みの幸村君がいて、掴んでいない方の手にはしっかりとクラゲが3匹ほど持たれている。語尾にハートがつく勢いで言われたその言葉に全力で舌打ちをしたが、結局彼の嫌がらせから抜け出す術は無く。



「クラゲアタックー」

「やめろ!!」



左手を掴まれつつもなんとか幸村君から抜け出そうと暴れていたのだが、そうしている事数分、ふいに幸村君はぴたりと止まり後ろを振り向いた。それを疑問に思った私も、彼にぶつける為に持っていたクラゲを一度地面に落とし(慣れたもん勝ち)、同じように後ろを見る。



「はい、チーズ」



パシャリ。一瞬それが何の音かわからなかったが、構えていた携帯を降ろした丸井君を見てようやく私達は我に返った。



「ちょ、何勝手に撮ってんだよ」

「というかなんだそのニヤけた表情は」

「やっぱ2人はこうでなくっちゃ駄目っすよねー。去年は忙しくてあんまこの2ショット見れなかったんで、今年はバンバン撮ってきますよ!」

「将来、何かと役立つだろうからな」

「蓮二意味分かんないんだけど」



先を行っていたはずの仁王君もいつの間にか皆と一緒になっていて、とりあえず私達は掴み合っていた手を離して皆の元へ歩き始めた。が、比例して皆も逃げるように歩き始める。それを阻止するように幸村君と同時にクラゲを投げつければ、皆は観念したように笑いながら近付いてきた。デヘデヘしてて気持ち悪い。

3年生になったばかりなのに既に複数の講義を休んでしまって、出だしがこんなんでいいのかと凄く思う。でも、そう思っているはずなのに、緩む頬をいっこうに止められない自分が1番いいのだろうか。
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