―――そんな風に遊んでばかりいると、月日が経つのは早く。



「へえ、今年はガトーショコラか。毎年着実にレベルアップしてんじゃん」

「お母さんがうるさいんだ」



今日は学校中が甘い匂いに包まれる日、バレンタインデーだ。本来ならばこういうイベントに対しカップルは盛り上がりを見せるんだろうけど、田代からチョコを貰うのは今年でもう4回目なので、俺達にとってこの行事にそこまで特別感は無い。付き合ってから初めて貰うチョコだから、勿論楽しみにはしていたけど。



「うん、美味い」

「私も食べたい」

「どうせ味見でほとんど食べたんだろ?」

「バレたか」



手掴みで食べた一切れのケーキを、そのまま田代の口元に持って行く。ちなみに今は屋上に続く階段に座っていて、人目につかないおかげでこんな事が出来ている。いくら俺と田代の事が学校公認だとしても、それでもうるさい奴はうるさいからね。

もぐもぐと頬を緩めながら口を動かしている田代を見て、思わず頭を撫でる。だけど調子に乗ってまたケーキを取ろうとしたから、それは全力で阻止した。



「ケチ」

「本当は俺がワンホール丸々食べたいくらいだよ」

「丸井君に作ってもらおう」

「あいつは今頃チョコに埋もれて幸せだろうさ」

「あ、そろそろ昼休み終わる」



そこで時計を確認すると、確かに昼休みが終わるまでもう5分も無かった。だから俺達はケーキを食べ終えてから(結局一口あげた)立ち上がり、階段を下り始めた。

にしても、月に数回程度しかない登校日にバレンタインを合わせるとは、学校側も楽しんでいるに違いない。証拠に、廊下に出ると若くて格好良いと人気の教師が、複数の女生徒からチョコを貰ってすっかり鼻の下が伸びている所が見られた。



「どいつもこいつも浮かれてるね」

「全くだ」

「そういうおまんらはカップルの癖に静かじゃのう」



後ろから俺達の肩を組み覆い被さって来たのは仁王だ。すっかり疲れ切った顔をしていて、恐らく昼休み中は何処かへ逃げていたのであろう事が窺える。



「別に今に始まった事じゃないし、そんな騒ぐ事でもないだろう」

「それを他の女子にも言ってほしいなり」

「今年でいよいよ最後だからね。いいんじゃない、今日くらい頑張れば」

「他の女子からのチョコを一切受け取ってないお前さんがよく言うぜよ」



そのまま3人でズルズルと教室に入ると、予想通りこのクラスは何処よりも甘い匂いに包まれていた。今年はあの真田でさえ相当な数を貰っているのだから、テニス部全員が揃ってるとなればそれも無理は無い。俺は今仁王が言った通り、直接手渡しに来た女子からのものは丁重にお断りしているけど、机や靴箱に突っ込まれたものは流石に捨てる訳にもいかないので、それだけ持って帰る事にする。持って帰った所で全部食べきれないのは目に見えてるとしても、一応そこは礼儀として、だ。



「やはりこのクラスは桁違いだな」

「お、3人共おかえりー!チョコパーティーだぜぃ!」

「見てるだけでくどいなり」

「つーか田代、俺らへのチョコは!?」



生徒達がパラパラと席に着く中、ブン太は年明け前に行われた席替えで離れてしまった田代の所へ駆け寄り、そしてそう詰め寄った。俺は田代の斜め前の席だから、聞き耳を立てずともその会話は自然と聞こえる。



「…あ」

「…え、ちょ、忘れたとかねえよな?」



そういえば、今日田代はまだこいつらにチョコを配ってないな。いつ配るんだろう、という疑問は俺も少し抱いていた。でも、まさか、まさか。



「ガトーショコラに必死で、忘れてた」



無自覚というのは末恐ろしい、しかも不意打ちというオプションまで付けて来やがった。

田代と付き合って数ヵ月、こんな風に攻撃を食らう事は別に珍しくない。でも、それでも田代はまだまだ恋愛というものを知らなさすぎる。それは百も承知で付き合ったから焦る必要は無いし、現に焦った事も無い。例えこいつらと俺への対応が同じでも不満は無かった。こいつらだから、で許せてた事だって沢山ある。田代の中では、俺とこいつらの扱いにそう違いは無いと思っていた。



「おやおや、田代さんも随分と大胆になられたんですね」

「何の話だ」

「精市、口が開いているぞ」



ポカンと開けてしまった口は蓮二が閉じさせてくれて、改めて田代の顔をガン見する。柳生に茶化されても全く動じてないあたりがやっぱり憎たらしい。



「…なんか怒る気も失せた。なんだこの敗北感。このリア充が!!」

「りあじゅうとはなんだ?」

「真田は黙りんしゃい」



未だに疑問符を散らばせている田代とは対照的に、他の奴らがギャーギャーと騒ぎ出す。チャイムが鳴っても席に座らず騒いでいるものだから、次に入って来た先生に怒られたのは言うまでもない。

とそこで、もう一度チラリと田代に視線を送る。その目は完全に窓の外を見ていて、しまいにはあくびまでしている始末だ。…そんな田代が、本当に俺だけの為にチョコを作ってくれたなんて。若干信じられない感は否めないけど、それ以上に気持ちが舞い上がっている。



「精市、顔が物凄く緩んでる」

「うるさい」



いちいちうるさい蓮二に便乗して、ジャッカルまで幸せ者だな、とか言ってくる始末だ。ていうか、そんなに頑張って作ってくれたならもうちょっと大切に食べたのに、馬鹿田代。それ以前にバレンタインに特別感なんて無いなんて言ったの誰だよ、馬鹿田代!
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