「プーちゃん!」 「お前が喜びそうなの、それと食べ物くらいしか思い浮かばなかった」 正直、田代のプレゼント選びには今まで悩んだ事が無いくらい悩んだ。多分田代の事だから何を渡しても残念がるって事は無いだろうけど、それじゃダメだった。初めてのプレゼントで、喜ばせなきゃ意味が無かった。 そんな時に適当な雑貨店を物色していて目に入ったのが、この猫のポーチだ。一見ただの猫に見えるけど、この少し不貞腐れたあまり可愛げのないシュールな感じは、昔から立海に住み着いているあの猫に似ている。それがわかった瞬間、即決した。 「予想通りの反応ありがとう。あとこれもね」 「?なんだこれは」 でも、まさか彼女へのプレゼントを猫のポーチだけで終わらす訳にもいかない。田代は、俺が鞄から出した小包を不思議そうに見つめると、また雑に包装を剥いだ。中から出て来た物にはさっきみたいに興奮した様子を見せず、なんとも言えない表情で俺とその物を見比べている。 「これは」 「…ベタで悪いけどさ」 「…いや」 田代の誕生石が埋め込まれているそのネックレスは、いつもの田代にはちょっと大人っぽすぎるけど、今日の田代にはよく似合ってる。箱から中身を取り出しそっと着けてやると、田代は手にしていたポーチをぎゅっと握りしめた。力を入れ過ぎて猫の顔がぐちゃぐちゃになってる。 「猫の顔不細工だよ」 「元から可愛いという顔でも無い」 「ブサ可愛いってやつ?」 「…幸村君、」 ありがとう。本当に。 冗談めいた雰囲気を打ち消すように、消え入りそうな、少し裏返った声がこぼれた。 「こちらこそ、ありがとう。…ね」 「うん」 「俺、結構幸せかも」 「うん」 「田代は?」 「…うん」 なんだかもう、むず痒いとかそういう言葉で表せるような雰囲気じゃなかった。ただただこの場にいる事が幸せで、でもなんか逃げ出したくなるような、そんな変な緊張感があった。 それを必死に取り除くようにか、田代は「そろそろ帰らなきゃ」と言って出口の方へ歩き始めた。その後姿を見て、俺も同じように歩き出す。田代はどんどん早歩きで先に歩いて行ったけど、足の長さ的に俺がその速度についていけないはずもなく、俺達はまたすぐに隣に並んだ。 「料理は何が1番美味しかった?」 「肉」 「言うと思ったよ」 「またジェットコースターに乗りたい」 「うん、じゃあまた行こう」 そう言って手を握ると、次第に歩く速度は落ちて行った。今日1日を振り返って、次はあれがしたいこれがしたいだのという話を飽きもせずに続ける。でも、田代が相手なら全部叶えられる気がした。 それから田代の家の前に着き、じゃあここで、と離れようとする田代の手をもう一度引っ張り、インターフォンを押す。俺の突然の行動に田代は酷く焦り始めたけど、その間も手の力は一切緩めなかった。そうこうしている間に玄関から田代の両親が出てきて、目が合った瞬間沈黙になった。 「こんばんは。昨日は挨拶もせずにすみませんでした」 「びっくりしたー、ううん、いいのよ」 「幸村君てテニス部の部長さんやった子やろ?なんや、青春やなぁ」 完全に茶化すモードに入っている両親に、田代は物凄く恥ずかしそうに俯き、俺の手を捻り潰すくらいの勢いで握って来た。そりゃあ親にこんな所を見られれば恥ずかしくて仕方ないだろうけど、俺にもプライドってものがある。今すぐ結婚する訳でも、ましてや俺はまだ高校生の子供だけど、ここは意地でもちゃんとしておきたい所なんだ。 「晴香さんとお付き合いさせて頂いています。大切にします」 あまりにもシンプルすぎたような気もしたけど、俺の言葉に田代の両親は微笑ましそうに目を合わせ、そのまま田代の頭を撫でた。田代は両親の手を振り払うような素振りを見せたけど、本当に振り払う事はせずに、結局されるがままの状態だった。 「こない早く晴香を男の子に渡す日が来るなんてなー」 「あら、気が早いわよお父さん」 「2人共うるさい」 楽しそうに話す親子の姿を見て、どっと安心感が押し寄せて来るのを感じる。デートの締めくくりにしては色気のないものになってしまったとか、そんなくだらない事は気にしない。 「じゃあ、俺は帰ります」 「わざわざ家までありがとうね。ほら、晴香も挨拶しなさい」 「…また年末に」 「うん、またね。今日はありがとう」 「私の方こそ」 「じゃあね」 友達の期間が長かった分、田代との関係が劇的に変化する事なんてありえない。今まで我慢していたのがようやく解けた俺からすると、それはなんとなくもどかしい気もするけど、それでも田代と過ごす時間は大切にしていきたいと改めて思った。 「ま、あの子なら心配あらへんな。許したるでー」 「お父さんうるさい」 「晴香が幸せなら、それで充分だわ」 そんな、高校最後のクリスマス。 |