運動会の目玉競技ともいえる騎馬戦では、丸井を上に乗せた晴香、仁王、柳生の騎馬がかなりの数を倒していったが、幸村を上に乗せた真田、柳、切原の大将騎馬に瞬殺され、そのまま白組は負けた。白組の大将騎馬は全員ラグビー部で形成されており、かなりのパワーとガタイを取り揃えていたが、それも幸村を前にすると小童も同然だったのだ。 その次の紅白リレーでは、運良く紅組がバトンを落としたおかげで何とか白組が勝利を勝ち取った。アンカーだった桑原は、後ろから猪の如く迫ってくる真田に思わず戦慄したという。 そして実は、紅白リレーよりも盛り上がる競技がもう1つだけ残されている。 「最後の競技、部活対抗リレーの始まりでーす!!」 アナウンスのテンションに乗っかるように、全校生徒はこの運動会1番の歓声を上げた。この部活対抗リレーが何故そこまで盛り上がるのかというと、なんと優勝した部には来年度から部費の繰り上げが成されるのである。だから、部を引退した3年生や現役の1、2年生共々、毎年かなりの意気込みを見せている。勿論、テニス部に至っては彼らのアイドル性も重視されているだろう。 リレーは、運動部・文化部合わせ全てで13個あるので、5・4・4の3回に分けて行われる事になっている。男女別に分かれている部活の場合、選手は混合でも良いが、やはり速さの観点からいくと例年では全員男子のみで組まれる事が多い。 しかし、女子マネージャーがいる部活は別だ。今年ではテニス部、サッカー部、野球部、相撲部がそれに当たるのだが、この4つの部活はアンカーの前の走者にマネージャーを組み込まなければいけない。 「ずっと思ってきたが、なんでこんな面倒な制度が設けられているんだ」 「田代、それ毎年言ってるぜよ」 「いいだろぃ、どうせ俺達が1位なんだし!」 「いや、そうもいかないぞ。俺達と一緒のレーンの部活は、1年生が中々強者揃いらしいからな。油断は出来ない」 「なんにせよ、絶対に優勝を勝ち取るのだぞ!これからもテニス部には精進してもらわねばならん!」 「そうだね、部費を少しでも上げて楽させてあげたいからね。皆、やるよ」 『イエッサー!!』 という訳で、テニス部からは8人に加え晴香も出場するのだが、当たり前にその表情は気だるげだ。近くにいるテニス部の後輩達が彼らの意気込みに感動しているにも関わらず、彼女だけは未だ出るのを渋っている。 「いい加減やる気出して下さいよ晴香先輩ー」 「優勝出来たら何か奢って差し上げますから、頑張りたまえ」 「よしやる」 「田代、それ去年も柳に言われて乗っかってたぜよ」 とはいえ、なんだかんだ心底嫌がっている訳では無いというのは、お約束だ。 位置について、という審判の声と共に、最初に出場する5つの部活が準備を始める。テニス部は最後の3回目が出番で、それまでウォーミングアップをしたりとやる気も準備も万端だ。 本来は、3回のリレーで各々1位を獲得した3つの部活がまた同じフィールドで競い合うものなのだろうが、ここは時間の関係上ゴールしたタイムで優勝が決められる。となれば、尚更油断は出来ない。 「なんかよー、運動会っていつになっても燃えるよな」 「…うん?」 リレーを見ながら順番待ちをしていると、ふいに丸井は隣にいる晴香に話しかけた。その意味があまり理解出来ない晴香は、とりあえず話を合わせる為適当に頷く。 「中学の頃は普通に体育祭だっただろぃ?でも、高校は見ての通り運動会じゃん。教師達もよく考えてんなぁって思う」 「何故だ?」 「だって、運動会の方がすっげー楽しいもん。体育祭を経験したから余計わかるっつーかさ」 自分でも何を言っているのかわからなくなったのか、丸井はそこまで言うと頭をガシガシと掻いて、兎に角運動会の方が好きだし燃えるし楽しいって事!と無理矢理話を終わらせた。 「その分、終わった後の寂しさも運動会の方がでけーけどな」 「…」 「でも、部活以外で皆と一緒に意地になれる唯一の場だし、俺、この行事超好き」 果たしてその言葉に含まれている意味が晴香に伝わったのかは、正直言うとよく分からない。でも、彼女も彼女でそんな丸井を見て満更でもない表情を浮かべたから、それでいいのだろう。 「続いては、立海大付属高等学校体育祭もとい、運動会!最後の!第3リレーチームです!実力派運動部が揃うこの戦い、果たしてどうなるかーっ!」 センスの無いアナウンスでも、グラウンド内の熱気は上昇していくばかりだ。それぞれが位置について、まずは第1走者の桑原がクラウチングスタートの体勢を取る。 ヨーイ、バンッ! 第2走者の柳生は普段の己を忘れているのか、ひたすら桑原の名前を叫んでいる。ジャッカル君!頑張りたまえ!もう少しです!後少しです!そんな熱血すぎる彼からバトンを受け取った仁王は、その勢いに若干引きながらも、普段の彼からは想像付かない速さで1位をキープしている。そのまま丸井に渡るが、レギュラーの中では体重的な意味も含め若干遅めの彼は、順位を1つ落として切原にバトンを渡した。ちょうど同じレーンの走者が強者ばかりの切原は、些か苦戦しているようにも見えるが、それでも1位とほぼ同着で柳に飛び付いた。受け渡しの際に切原が飛び付いてくる事を予想していた柳は、軽い身のこなしでそれを避け、華麗に真田までの距離を走った。その一連の行動に女子は大いに沸いた。真田は言うまでも無く、紅白リレーの桑原と同様、他の走者を戦慄させながら晴香へと引き継いだ。 「勝たんか田代ー!!」 「うるさい真田君」 晴香と同じレーンの女子マネージャー達は、サッカー部と相撲部は例年と同じ者だが、野球部だけは1年生なのか見た事のない顔だった。そして、それまで3位だった野球部は、彼女にバトンが渡ると急激に1位のテニス部との差を縮めて来た。 負けてたまるか。 ここにきて初めてそんな闘争心が生まれた彼女は、がむしゃらともいえるスピードでアンカー幸村までの距離を爆走した。どんなに酷い顔になってもいいから、1位で通過しなきゃ気が済まない。そんな想いだった。 「よくやった田代、後任せろ!」 多分、リレー中でなければ頭を撫でてきたであろう勢いで幸村はそう言い放ち、がっしりとバトンを握り走って行った。さっき幸村に連れられた借り物競争の時よりも息が上がり、呼吸が上手く出来ない。でも、彼がゴールする姿だけは見届けたくて、その姿を懸命に目で追う。 「たかが運動会、されど運動会」 隣に立ってきた柳が、唐突に呟く。 「お前は、見逃したくないものを見つけられたか?」 ゴールテープが切られる。この場に立っているのは晴香と柳だけであり、他の者は既に幸村の元へ向かっている。彼らの中心でガッツポーズを掲げる幸村を見て、柳の言葉を頭の中で反芻させて、晴香は静かに目を閉じた。 「知らない」 口の端を上げて笑った柳を追い越し、彼らの元へ駆け寄る。晴香が輪の中に入ればその小さな体はあっという間にもみくちゃにされ、小さく真似したガッツポーズなど、幸村以外の目には留まりそうになかった。 |