ただ一言、俺は困っている。



「幸村ブチョ何してんすかー!!早く早く早くー!」

「幸村勝たんかぁああぁ!!!」



応援席からはうるさい2人の声援が聞こえてくるけど、掌にある小さな紙切れのせいでそれにも上手く対応出来ない。

田代達の障害物競走が終わり、次は紅組からは俺だけが出場する借り物競争が現在進行形で行われている。同じレーンにテニス部はいないから、物足りないとは思いつつも負ける気も無いので、この紙切れがある地点まではぶっちぎりで来れた。なのに、だ。



「…なんで、よりによって今このタイミングで」



紙切れにはいやに丸みを帯びた字で、「好きな人!(異性)」とだけ書かれている。それを見て1番最初に思い浮かんだのは紛れも無く田代なんだけど、折角この運動会が終わったら自分から言おうと思っていたのに、何故こんな無駄な機会を与えられなきゃいないんだ。適当に誰か見繕おうか、とも思ったけれど、そんな事をすれば変な勘違いを起こされるのは目に見えてるし、第一そんな逃げみたいな事はしたくない。

となれば、やはり田代を引き連れるしかないのだ。いい加減このまま立ち尽くしている訳にもいかない。あいつの事だから、この紙切れを見ただけで俺の気持ちに気付くとも思えないし、…それはそれで悲しいけど。でも今は緊急事態だ、やるしかない。

そこでようやく意を決した俺は、そのまま全速力で白組の応援席に足先を向けた。やけにニヤついている丸井と仁王は後でシバくと決めて、ポカーンとしている田代の手を取り、また全速力で駆け出す。



「ゆ、きむら君、速い」

「いいから走って!」



半ば引き摺る形で走らなきゃ、手のぬくもりを意識しちゃってそれどころじゃない。



「伝説のテニス部元部長幸村君は、同じく伝説のマネージャー田代さんを引き連れて独走中です!あっという間に他の者を引き離しました!そして…ゴーール!!」



どんだけボキャブラリセンス無いんだよアナウンス。という文句は心の中にしまっておくとして、とりあえずゴールと同時に田代の手を離す。後ろを見ると田代は膝に手をつき息を整えていて、周りの女子の中ではずば抜けてるけどこいつもやっぱり女の子なんだな、と改めて感じさせられた。



「ごめん田代、爆走しすぎた」

「全く、だ」

「…1位だよ」

「知ってる」



田代の息が整うのを待ちながら、実行委員に案内された1着の列に並び、しゃがむ。しばらくしてようやく普通の呼吸になった所で、田代は出来れば触れて欲しくなかった所を突いてきた。



「で、内容はなんだったんだ」



ストレートな質問に一瞬言葉を詰まらせ、また何でもなかったように掌の紙切れを見せる。



「俺、そもそも女お前以外知らないし。これ異性って書いてあるし、うん」



動揺を隠す為に発した言い訳はなんとも情けないもので、自分でもこれは無いだろ、と思いながら地面を見る。紙切れを回収しに来た実行委員の顔も見れなかった。少しでも普通を装おうと思って、地面の砂に指で落書きしようとしたけど、そっちに意識を持って行けず結局暗号みたいなのしか書けなかった。何だよこれ。

で、そこでようやく田代の顔を静かに盗み見る。



「っ、は?」

「…何だその暗号は」

「え、いや、…何だろうな」



俺の視線に気付いた田代は、その瞬間片手で顔を覆いそんな事を言ったけれど、隠しきれていない部分は確かに赤く染まっている。それに眉間にも物凄い皺が寄っていて、目も心なしか泳いでいて。こんな顔の田代はこれまでにも数回だけ見た事がある。



「馬鹿田代」

「どっちがだ」



むず痒い雰囲気に耐え切れなくなった俺は、田代の頭を軽くコツン、と叩いた。すると田代も俺の左胸を叩いて来たけれど、その手は即座に離す。心臓の音が、バレる。
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