「赤也とお前が喧嘩した確率87%」

「なんで顔見ただけで喧嘩の相手も分かる訳?凄い通り越して気持ち悪いんだけど」

「さっき赤也が廊下で泣きながら抱き着いてきたからだ」

「…あっそ」



放課後、提出物の為に職員室に行った帰りの玄関で、蓮二は分厚い本を持ちながらそう言い放ってきた。どうやら俺が此処に来るのを待っていたらしい。

今日のテニス部は校内で筋トレをしているから、わざわざ筋トレに付き合う必要も無いし部活には顔を出していない。真田は家で書道を、柳生は久しぶりにゴルフを嗜むとか言ってたし、他の奴らもあいつらの事だから何処かに寄り道して遊んでいるはずだ。にも関わらず、蓮二は1人で俺の事を待っていた。こいつのキレすぎる勘には本当にお手上げ状態だ。



「単刀直入に聞くが、何があった。概ね田代関連の事だろうが」

「…分かってるならわざわざ聞くなよ」



お互いローファーに履き替えて、少し冷たさが入った風を浴びながら外に出る。

昼休みに赤也に言われた言葉は、今でも一字一句はっきりと頭の中を反芻している。後輩にあんな事を言われるなんて、俺も情けなくなったものだ。田代の事が好きと自覚してから約3年、その間に何も進歩出来ていないなんて、実際問題有り得ない。その事を赤也はきっと心配してくれたんだろうに、俺の意地っ張りといったら無い。



「その様子だと、珍しく原因はお前にあるようだな」

「自覚はしてるんだ。でも、これ以上焦らせないでほしい」

「何をそんなに焦っている?」

「自分でもわかんない。俺、多分、テニスを理由にして少し田代から逃げてた」



他の奴が出していたら殴りたくなるようなか弱い声を出している自分が、苛立って苛立って仕方ない。それでも蓮二は笑う事なく、真剣に俺の話に耳を傾けている。



「今はテニスがあるから、これに集中していなきゃいけないんだって」

「そう言いつつ、お前はすっかり田代にもずっと夢中だぞ」

「…そうなんだよね。とんだ矛盾だったんだよ。ただ、言えない理由を上乗せしてただけなんだ。テニスをダシに使うとか最低だよね、俺」



それに加え、中学の頃は“また高校も一緒だし”、今では“また大学も一緒だし”、と想いを先延ばしにしようとしている。ただただ情けない、この一言に尽きる。



「正直、今の状態でお前が田代に告白したとしても、結果的にはあいつを驚かせるだけになってしまうだろう」

「…うん」

「今のあいつには、恋愛という感情そのものがまだ芽生えていない。だが、こう考えてみるのはどうだ」

「何?」

「もしかしたら、それをお前が芽生えさせられるかもしれないんだぞ」



ピタ、とウダウダと後ろ向きな事ばかり駆け巡っていた思考回路が止まる。やけにはっきりとした口調で話す蓮二を見上げてみると、その顔は妙に優しかった。



「以前土田が田代に告白した事があったが、その時あいつの中には恋愛のれの字も芽生えなかった」

「俺だって、芽生えないかもしれない」

「断言する、お前に言われて全く芽生えないという事は無い」



それが何処から導き出したデータなのか、俺にはさっぱり見当もつかない。でも、蓮二が適当な事を言う奴じゃないのは勿論知っている。



「他の誰でも無い、お前からの言葉だぞ?田代がお前を1番に信用している事など誰から見ても明明白白。例えすぐにはそういう関係にならなかったとしても、まずは自覚させる事が大事だ。お前の好きな花だってそうだろう?すぐには咲かないが、時間をかけてゆっくりと綺麗に実る」

「…蓮二がロマンチックな事言った」

「田代はどちらかというと花より団子だけどな」

「言えてる」



テニス部の中で1番かどうかまでは知らないけど、少なくともあの土田とかいう男よりは田代と仲が良い自信がある。

田代との思い出を引っ張り出せば、そりゃあもうキリが無い。あれもこれも、記憶の中には全部田代がいる。という事は、田代の記憶にも俺がいると考えて間違いはない。



「なんか、こんな理屈的な恋愛論語るの嫌なんだけど」

「だったら行動に移すまでだな。もうすぐ体育祭だからな、行事時の気持ちが高まってる時に言うのもアリだと思うが」

「…あいつが体育祭でテンション上がるように見える?」

「…それもそうだな」

「でもまぁ、行事に乗っかっちゃうのも良い案だね。古典的で」

「この際新旧も何も無いだろう」



こんなに淡々と話しているけど、実質体育祭まで後1ヶ月も無い。今年はようやく田代と(ていうか全員だけど)同じクラスになれたから、タイミングを窺えば2人になれる機会は沢山あるはずだ。



「…どうしよう、蓮二」

「なんだ」

「ちょっと、やばいかも」



そこまで自覚した所で、俺は一気に心拍数が上がるのを自覚した。これまでずっと抱えてきた気持ちを、後1ヶ月もしないうちに本人に言う。いつかはこの時が来るのを覚悟していたはずなのに、いざ目の当たりにするとこんなにも動揺する。

でも、もう言うしかない。俺だって、限界だ。



「気持ちは分かるが、赤也にもちゃんと言ってやりなさい」

「あー、うん、そのうち収まったら」

「精市」

「ん?」

「悔いの残らないようにな」



凛とした蓮二の声が脳内に響いて、なんだか言葉では言い表せないような感情が胸を疼く。最近は恋愛という感情に振り回される事が多かったけど、今改めて思うのは、俺、田代を好きになって本当に良かった。
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