「ほんっとに、いつまで経っても飽きねぇ奴らだぜ」

「景吾君」

「隣座るぞ」



流石に食べ過ぎたのか、珍しく膨らんだ自分のお腹を休める為にベンチに座っていると、景吾君はそう言いながら隣にドカッと腰かけた。彼は私のお腹を見るなり「流石に酷ぇな」と苦笑したので、それを見てやはりか、と改めて自覚する。いや、本当に酷いぞこれは。



「どんだけ食ったらあの細さからそんな腹になんだよ」

「とりあえず詰め込んだ」

「まぁ、お前らしいがな」



グシャグシャ、と私の頭を撫でるその手は、前よりも優しくなったような気がした。大会が終わってから景吾君とちゃんと話をするのはこれが初めてだが、なんだか色々と吹っ切れた表情をしていて安心だ。景吾君だけではなく、此処にいる人は皆何か荷が降りたような、清々しい表情を浮かべている。



「それよりお前、いい加減進展はあったんだろうな」

「進展?何のだ?」

「…嘘だろオイ」



しかし、景吾君はそれまで普通にしていたのに、話題が切り替わると突然さーっと顔が青くなった。一体何があったんだと不審に思った私は、彼の肩に手をやりどうしたんだ、と真剣に問いかける。そうして数秒間目が合った後、景吾君はハッとしたと同時に再び私に質問を投げかけて来た。



「…お前、好きな男がいるだろ?いい加減自覚しただろ?」

「好きな、男?」

「…いや、もういい。俺が気付かせる事じゃねえからな。そうか、そんな感じか」



ぶつぶつと呟きながら薄ら笑いを浮かべた景吾君は、いつもの威厳が消え去って何だか怪しい。というか気持ち悪い。誰か周りに逃げれそうな人いないかな、と思い辺りを見渡した所、幸村君が目に入ったので結局私は彼の元に戻る事にした。



「幸村君の所に行く」

「は?」



逃げるようにベンチから立ち上がり駆け出した私の事を、景吾君は次は驚いたように見つめて来た。でも、これ以上構ってると余計変な事を詮索されそうで何か怖い。だから、気付いていないフリをして幸村君の元へ走る。



「…マジであれで気付いてないのかよ」

「それがマジなんじゃ」

「ありえねーよなぁ、俺達が逆にもどかしいぜぃ」



ちらっと後ろを振り返ると、仁王君と丸井君が景吾君を真ん中にして座っており、そして3人共その表情は苦笑いだった。…私が何をしたというんだ。



「…好きな男って、誰だ」

「は!?」

「え」



ボソッと思った事を呟けば、隣に立っている幸村君まで酷く驚いたように私に振り返る。しかも声まで裏返っていて、その実に彼らしくない振る舞いに私まで思わず驚いてしまった。幸村君のこんな顔、初めて見た。



「お前、好きな奴いんの?」

「私が聞きたい」

「なんだよそれ」



景吾君が言う好きな男、というのにどんな意味合いが含まれているのかは、いくらそれと無縁な私でも流石にわかる。でも、彼が何を思って唐突にそんな事を言い出したのかまではわからない。景吾君は、私の何を見てそう思ったのだろうか。本当は自覚していなければおかしいほど、私はその男と近い存在なのだろうか。私にとって近い存在といえば、景吾君だってそうだし、立海の皆だってそうだし、幸村君だってそうだし。…ん?



「…お菓子取ってくる」

「ちょ、まだ食べる気?それよりあっちでまた乗馬しようよ。次は去年と同じようにはいかないから」

「…うん」



そこまで考えた所で、何故幸村君を“立海の皆”の中に入れず彼個人で認識したのか、そんな疑問が出て来た。でも、それを自覚するなり私の心臓は酷くざわついて、その結果下手な誤魔化しをしなければならなくなってしまった。

最高の形で終える事が出来たテニスの代わりに、また違う何かが迫って来ているような気がしてならない。それは決して唐突にやって来たものではなく、ずっと前からあって、でも進む事を躊躇していたような、そんな意気地の無い情けないものだ。どうしよう、どうしよう。顔には出さずとも心の中で必死に考えている時、不意に私の手を幸村君の大きな手が包んだ。



「何ボーッとしてるんだよ。去年の二の舞になりたくないって言っただろ」



大きくて優しい所までは景吾君とか他の人と一緒なのに、幸村君の手は誰の手とも違う。焦っていた気持ちが一気に和むのを感じる。



「…いや、でもまぁ、あれを見る限りそろそろだな」

「さっすがキング、何でもお見通しなり」



いつも不思議には思っていた。何故幸村君がこうしてくれるだけでいつも心が落ち着くのか、幸村君に何かあった時、他の人よりも何倍も不安で心配になるのか。…きっと、知らんぷりをしていたのかもしれない。まだ明確には言えないが、これを理解する事が景吾君の言う自覚に当たるというのなら、多分、その日が来るのはそう遠くない。そんな事を確信した、最後の夏。
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