「お疲れ様でした!」



膨大な数の部員分の声がコートに響いた所で、俺達は駄々をこねる赤也から離れ着替える為に部室に向かう。ただ着替えるだけなのにいつまで経っても子供だな、と思ったのは多分口に出すと余計不貞腐れるから言わないでおいて、兎に角この汗ばんだユニフォームから早く解放される為に足を速める。



「田代お疲れー!ボール拾い1年に任せてお前も着替えてこい!」

「お疲れ様です。わかりました」



傍らでは副部長が田代にそう声をかけているのが目に入り、そのまま女子更衣室に駆けて行くそのもやしみたいな体をなんとなく目で追っていると、ふいに俺の肩に手が乗った。誰だろう、と思い視線をそっちに移す。



「田代ちゃん後輩から大人気だよー、クールビューティー!って」

「はぁ?あいつがですか?」



移した先には、相変わらず屈託のない笑顔を浮かべている部長がいた。この人は、俺達三強より実力は劣るけど人を束ねるのに長けている人で、そういう部分は素直に尊敬している。が、たまにやけに鋭いのが傷だ。



「でも俺だって最初あの子がマネージャーになった時、クールな子が入って来たなぁって思ったよ」

「クールというより無愛想なだけじゃないですか」

「言うねぇ、好きな子なのに、っ!」



とんでもない事を笑いながら言い出した部長の口を慌てて手で塞げば、降参の合図としてか両手を上げてジタバタし始めた。俺より背も高くてガタイも良いのにこの無邪気さ、と苦笑してから手を離す。

確かに田代は高校に入ってから綺麗になった。身長だって中学の頃は割と差があったけど今じゃブン太と同じくらいだし(ブン太嘆いてたなぁ)、顔立ちも大人びて来たし、規定が短い制服のスカートもその長い足をこれでもかというくらい強調しているし。中身は当たり前に変わっていなくとも、人目を引く外見になってきたのは間違いない。ずば抜けて綺麗とかじゃなくてね、雰囲気っていうのかな。まぁそんな感じ。

だけど俺は正直それが気に食わない。気に食わないというか、…焦る。



「幸村いつ言うんだよー?」

「知りませんよ」

「田代ちゃん先輩受けもいいし、そんなウカウカしてられないよー?」

「先輩、五感奪いますよ?」

「わー勘弁勘弁っ」



蓮二とはまた違う茶化し方をしてくるこの人の暴走を止める術を俺はまだ知らない。いつか田代の前でも勢いで言ってしまうんじゃないかと思うほどだ。だからそうなる前に自分の口から言わなきゃ、とは思うけど…それより、まずあいつに恋愛という感情そのものがあるのかすら疑問な今、俺に出来る事ははっきりとそれを自覚させる事だ。じゃあその為には、と終わらない考えを延々と頭の中で制服に着替えながら続ける。



「あ、そういえば幸村。いつだか全員で行った駅前の店の食べ放題券父さんが知り合いから貰って来たんだけど、お前いらないか?」

「え、俺に?」

「待てよぃジャッカル、なんでそれを俺に渡さねぇんだよ!?」



すると、既に着替え終えたジャッカルが急にそんな事を言ってきた。食べ放題券なら確実にブン太の方が元取れるし、俺は別に大食漢でもなんでもない。その認識はこいつらの中にも当たり前にあるはずなのになんで?と怪訝な顔を浮かべると、ジャッカルはギャーギャーうるさいブン太をなだめながら言葉の続きを喋り出した。



「ペアチケットしかねーんだ、それもカップル割引の。そうなると全員では行けないし、それなら、と思ってよ」

「…それって」

「多分あいつなら喜んで着いてくと思うぜ」



ニカッ、とその白い歯を惜しみなく出して笑うジャッカルにつられ、うるさかったブン太も「そういう事かよぃ!」と納得し、他の奴らもまた楽しそうに笑った。その馬鹿そうな顔を見て一瞬呆気に取られた後、俺を見てニヤニヤしてる部長と目が合って、思わずプッと噴き出す。



「じゃあ、餌付け作戦で行ってみるよ」

「おう、楽しんできてくれな」



駅前の店、というのは、多分中3の頃に学年レクをやった日の放課後、当時新しく出来たからといって興味本位で皆で行った店だ。味もそれなりに美味しかったし、田代も食べる手を止める事なく黙々と食べていた。なら、大丈夫だ。

受け取ったペアチケットをなるべく皺にならないように財布に入れ、いつもはそのままズボンの後ろポケットに突っ込むけど今は鞄にちゃんと入れる。全員で部室を出て校門前で待ってれば赤也と田代が一緒に来て、俺達は昔のように騒ぎながら帰った。家に着いてからこれいつ誘おうかな、などと頭を悩ませていると、ふと今日一日田代についてしか考えていない自分に気付き、ベッドに顔からダイブした。


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