「何処ッスかーー!!先輩達何処ーー!!」

「赤也マジ馬鹿!ちょう馬鹿!ばかわいい!」



一般公開の時間が終わり、生徒達は後夜祭に向けて各展示物の片付けに入り始めた。そんな中切原は自分のクラスから抜け出して彼らの元に来た訳だが、丸井と仁王に無理矢理入らされた巨大迷路で早速1人迷っているようだ。丸井はそれを見て爆笑しているが、実際彼も最初に仁王と晴香を巻き込んで迷っているので、人の事は言えない。

そうしてひとしきり切原が暴れ、更には無事脱出した所で、さっさと片付けを済ませたかった柳生と真田の優等生コンビは容赦なく迷路をバキバキと壊し始めた。あっけなく崩れ去って行く迷路に、というか壊す事に物凄く集中している2人を見て、他の者は苦笑する。



「あいつら何かストレスでも溜まってんのか?」

「柳生君が未だかつてないくらい生き生きしてる。怖い」



ジャッカルはそう言って眉を顰めた晴香の頭を軽く叩き、それから自分も片付け作業に入る為に手をかけ始めた。それに晴香も続き、丸井と何故か切原も続き、残りの者も続く。



「なぁなぁ仁王田代幸村君、覚えてっか?中3の頃の後片付け」

「あれじゃろ、風船割りじゃろ」

「そんな事もあったな」

「俺が田代に加勢してお前らあっという間に負けたやつでしょ」



思い出話に華を咲かせながら作業をする彼らは、当時がよほど楽しかったのかそれぞれの顔には笑みが乗せられている。すると、その話題を切り出した張本人の丸井は、彼らのそんな表情を確認するなりにやりと含みのある笑みを浮かべた。



「今年もありますよ、風船。やっちゃいます?勿論賭け有で」



そして、迷路の装飾としてつけられていた風船を2つほど取り外し、挑戦的な目を3人に向ける。3人はそれに対し目を合わせた後、仁王は軽い笑みを、幸村は満面の笑みを、晴香は溜息を漏らした。



「修羅場になる確率、100%」



結局、丸井が持ち出した賭け試合には他の者も強制的に参加させられ、その場には一気に騒音が響き渡った。もはや、片付けているのか汚しているのかわからない。



***



「まぁ、俺はなんとなくわかってたッスよ、こうなることくらい」

「でもその場のノリっつーもんがあるだろぃ」



赤也とブン太の嘆きを聞いてからもう一度にっこりと微笑めば、隣に立っている蓮二は「圧勝だな」と俺の肩に手を置きながら苦笑して来た。

ブン太が持ちかけて来た風船割り勝負は、当たり前のように俺が勝った。むしろ蓮二の言う通り圧勝だ。最初は止めに入っていた優等生コンビも途中から吹っ切れたのか、それはそれはムキになって応戦して来たけれど、そもそもそんなものに俺が負けるはずがない。イップスにかかった真田がこけまくってるのには笑ったなぁ。



「で、幸村は何を賭けとったんじゃ」

「んー…そうだなぁ」



仁王からの質問の返事を考えつつも、後夜祭が行われるグラウンドに向かって俺達はぞろぞろと歩き出す。自分が勝つことは確信していたけれど、その後のことなんて全く考えてなかったから実際そう言われても急には思いつかない。だからしばらくうーん、と頭を捻らせていれば、俺の代わりに何かをひらめいたブン太が「あっ!」と大声を上げた。その表情はやけに笑顔で、…何だか嫌な予感がする。



「じゃー幸村君、俺達がなんか奢っちゃるよー。後夜祭限定の7つしか出てない屋台、全制覇しちゃるよー。なー皆ー」

「7つの屋台…ふふっ、そーっすねー!全制覇しちゃいましょー!」

「つーことで、屋台7つしか無いから田代は幸村君とどっか良い場所確保しとけよぃ!」

「は?」



急に名前を出された田代は驚いたように反応したけど、こいつらの思惑を全て理解してしまった俺からするともうこれは拷問以外の何でも無い。こんなわかりやすいやつがあるかよ、まぁ田代のことなら気付いてないだろうけど。

そうと決まればさっさと屋台に向かって走って行ってしまった奴らのことを、俺はなんとも言えない表情で、田代は不審な表情で見つめる。奴らの意図を理解していない真田はブン太と赤也に無理矢理引っ張られていて、どうしていいのかわからない柳生はとりあえず仁王にいいように引き摺られている。唯一の常識人のジャッカルはいわずもなが、俺に目で謝罪の合図をして来た。あいつだけは許そう。



「なんだ、あの人達は私の分も買って来てくれるのか」

「別に買って来なくても、7つ分の屋台の食べ物なんていらないからお前にあげるよ」

「ありがとう」



とりあえず、どうしてくれるんだよこの状況。頭の中でそんな事を思いつつ、隣を歩く田代の歩幅に合わせて何処かに良い穴場が無いか探す。しばらくそうやって2人で歩いていると、ふいに田代は何かを見つけたように木の茂みの方へ走って行った。勿論俺もそれに着いていく為に軽く走り出すけど、一体何があったのかと若干眉を寄せる。

そして、辿り着いた先には。



「…あ」

「にゃーお」

「久しぶり、プーちゃん」



かつては立海の中等部に住み着いていた、仁王と田代が可愛がっている猫、通称プーちゃんがそこにはいた。こうやって生で見るのは数えるほどしかないけれど、田代は随分と可愛がってきたからかすっかりプーちゃんの方も気持ち良さげに喉を鳴らしている。この暗い中よく見つけたな、と言えば、田代は目が光ってたからもしかしてと思って来てみたらいた、と淡々と言い放った。



「本当に野良なのかってくらいよく懐いてるね。餌付けしまくったんだろ」

「それは主に仁王君がやってる。私は餌が無くても仲が良い」

「そっか」



まるで独占欲が強い子供のようにそう言った田代は、普段は見せない表情でプーちゃんを抱きかかえている。遠くの方では後夜祭名物の花火が始まる音がしたけれど、そんなのはまともに耳に入らないくらい、俺の意識は田代に集中している。



「…ねぇ、田代」

「なんだ」



ドーン!と一際大きな音がした直後、俺の後ろで打ち上がった花火は田代を綺麗に照らした。勿論俺の声なんて花火の音に掻き消されて聞こえなかっただろうし、現に田代は不思議そうな顔で俺を見上げている。それでも、初めて田代の前で口に出した自分の本音は、改めてみるとかなりの大きさまで膨れ上がっていることを自覚した。「にゃーお」と再度一鳴きしたプーちゃんは、俺をからかっているのか応援しているのか、よくわからない。
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