「覚悟を決めたのはいいが、結局去年は何も起こさずじまいだったな」 「…うるさいな、自覚してるってば」 高校2年、春。何かと慌ただしかった1年の年月はすぐに過ぎて、俺達はもう後輩を持つ立場になった。という事は、俺が田代を好きだと自覚してからも1年経ったという事になる。 確かに今蓮二に言われた通り、去年は特別何かを起こした事は無かった。クラスだって離れたし、部活だって忙しかったし、学校行事やイベントは全部あいつらも含めた全員で過ごしたし。…なんていうのは言い訳で、ただ単に俺が(この俺が!)行動に移せなかっただけなんだけど。 「来年は同じクラスになれればいいな」 「何それ嫌味?」 ちなみに、中学の頃は2、3年が同じでクラス替えは無かったけど、高校は1、2、3年毎年クラス替えがある。が、俺は去年も今年も田代とは同じクラスになれなかった。変わりに蓮二とはどっちも一緒なんだけどね。 それでも今年はかろうじて隣のクラスにはなれたから、来年こそは、と思うけれど…実際このマンモス校で同じクラスになるのは相当難しい。選択教科や文系理系のコース選択全てが被っていれば話は別だが、その辺りの工作を自分から持ちかけるという田代の将来を束縛するような真似は出来ない。だから、全ては運任せだ。 「おーいっ、ゆっきむらくーん!やっなぎー!昼飯食おうぜーぃ!」 「お前うるせーっつーの!」 その時、教室のドアからプラチナペアのそんな声が聞こえた。この2人は今年初めて同じクラスになったからか、ブン太の浮かれようが半端じゃない。俺達の前では「パシリがすぐ近くにいて楽だから!」とかなんとか言ってるけど、実際は親友が傍にいて嬉しいんだろうなぁというのが容易にわかる。ジャッカルもジャッカルで満更でも無さそうだしね。 そうして俺と蓮二は目を合わせて苦笑した後、各々弁当を持って2人と一緒に教室を出た。行き先は屋上で、もう他の奴らは集まってるらしい。 「お前なんかいつもにまして飯の量多くないか?」 「いやー、朝来る時コンビニで新発売のパンめっちゃ出ててよ。衝動買いっつーの?」 「大丈夫かよ、来週身体測定だぜ」 「はぁ!?何女みたいな事言ってんだよ!」 「だってお前最近太って、」 「だああぁあそれ以上言うなっ!」 「ブン太、ジャッカルの言う通りだ。最近顎あたりに肉が付いて来たぞ」 「あはは、二重顎ー」 「幸村君まで…!」 いつものように馬鹿みたいな話をしながら歩けば屋上にはすぐに着いて、ジャッカルがドアを開けててくれるから俺達はそのまま中に入る。 いた。 「先輩達やっと来たー!」 「遅い」 「何、お前もちゃんと食べるの我慢してたの?」 「真田君が全員揃ってからじゃないとダメだってうるさいから」 田代の隣に座っていた仁王はさりげなく俺が入れるようにスペースを空けてくれて、その事に目で感謝しつつ、遠慮なくそこに腰を降ろす。相変わらず女とは思えないほどでかい弁当箱を持ってる田代は、既に蓋も開けて箸も持ってまさに食べる寸前だ。言うならば待てをくらってる犬、みたいな。 俺達4人が全員座ると、真田はこれまたでかい声で「いただきます!」と言い放った。屋上にいる人達が声に驚いて一瞬全員こっちを見るのはもう慣れっこだ。 「ほんっと、この細い体のどこに入ってるんだか」 「何か言ったか?」 「口の周りソースだらけだってば」 自分が手を進めるのも忘れるくらい良い食いっぷりをかます田代を見てそう言えば、他の奴らも噴き出すように笑った。 「意外とお茶目な部分が多いですね、田代さんは」 「柳生がお茶目とか言うとなんかきもいなり」 「き、きもいとはなんですか!?」 「田代、お前は女なのだから落ち着いて食べる事を覚えろ!」 「誰が待たせたと思っているんだ」 「まぁまぁ落ち着けよ2人共」 途端に始まった田代と真田の言い合いにジャッカルがなだめるように割り込んで、その傍らでは全員好き勝手話してて。俺が田代に色々と行動を起こせない理由は勿論俺の勇気の無さが1番の原因なんだろうけど、この空間を壊したくないっていうのも充分に関係しているんだろうなと、この瞬間になんとなーく思った。 「丸井先輩それ新発売のパンじゃないッスか!俺今日朝コンビニ行っても無かったのにー!」 「あ、ワリ俺ラス1取ったわ。古本屋の隣にあるコンビニだろ?」 「うわぁああぁ最悪!そこッスそこッス!先輩、ひとくち!」 「やーだねっ!俺が食いもんあげると思ってんのかー!」 「だから太るんじゃ」 「おいお前今なんつった」 あちこちで起こる言い合いを最初は微笑ましく見てたものの、段々と耳触りでうざくなってきた俺は、低めの声で一度「うるさいよ」と呟いた。一瞬で静まった。 「幸村君、怒ってるのか?」 「ううん?全然?」 「声が低いぞ」 「食事中に喋るのはいいけど、うるさいのは俺は嫌い」 「じゃあ、はい」 さっきまでの騒がしさが嘘のように無くなったこの空間を打破したのは、現在進行形で煮物を食べている田代だった。田代は俺の言葉に含まれている棘を見抜いたのか、そう言いながら目の前に苺を差し出して来た。って、え、苺? 「何コレ?」 「苺だ」 「いやそんなのはわかってるってば」 「食べないのか?」 もしかして俺、苺で機嫌取られようとしてる?俺が?…あぁもう、本当に面白いなぁ。 いつまで経っても苺を持ってる手を俺の口元から退けない田代に観念して、勢いよくその大ぶりな苺に齧り付く。咀嚼して、飲み込んで。 「…あっま」 素直な感想を言えば田代は笑顔こそは浮かべ無かったものの、どこか満足げな表情を浮かべた。隣から無言で茶化すように俺の腰をつついてきた仁王には、全力でその指を本来曲がらない方向に曲げといた。 |