この違和感が心地良い



「田代!丸井!お前ら寝るなと何度言ったらわかるんだ!さっさと起きろこのたわけが!!」

「そう言う真田はうるさいなりー。頭に響くぜよ」

「皆さん授業中ですよ、静かにしたまえ」



何と言うか、賑やかになるだろうなぁとは予想していたけど、まさかここまでだとは流石の俺でも思っていなかった。

授業中にも関わらず怒鳴り散らす真田の怒りの矛先は、この前の席替えで隣同士になった田代とブン太に向けられている。でも2人はそんな真田の怒号にも全く反応を示さず、一方は静かに、もう一方は盛大ないびきをかきながら机に突っ伏して寝続けるばかりだ。それを2人の前の席の仁王が鬱陶しげに注意して(ちなみにこの3人の席順は偶然な事に中3の頃と全く一緒だ)、その仁王の間を挟んで隣の柳生が眉を顰めて。しかも、真田は奴らとは離れてるジャッカルと同じ列にいるのに、それでも立ち上がって怒鳴るものだから、正直授業が進まないったらありゃしない。



「弦一郎、うるさいぞ。お前達もいい加減起きなさい」

「っ、ってぇええ!?何これ!?え!?何!?何で起こされた俺!?」

「…痛い。眠い」



で、その騒動を最後に締めくくるのが蓮二だ。蓮二は田代の後ろの席で、持参して来た分厚い辞書の角で容赦なくブン太の頭を殴り、一応気を遣ったのか丸めた教科書で田代の頭を殴った。一瞬にして飛び上がったブン太と、不機嫌そうにむくりと起き上った田代。そんな2人を見てクラスメイトは笑い、ようやく授業が始まる。これがこのクラスになってから毎日のように繰り返される光景で、俺はこの光景をちょうどこいつらの中間に位置する席から見ている。

その中でただ一言言えるとすれば、やっぱりこいつらは馬鹿らしい。



「(また寝てるし)」



あれだけうるさく起こされたのに、俺の目線の先に居る田代はまた顔から机に突っ伏して寝始めた。ブン太もそれを真似ようと頭を下げたけど、その瞬間今度は仁王からデコペンをされて、呆気なく奴に憑りついてた睡魔は逃げ去ったようだ。

でも、そんな事をいちいち観察している俺も馬鹿なんだろうと、最近になって改めて気付いた。こいつらが馬鹿やってるのなんて今に始まった事じゃないのに、それを1日中絶え間なく見れる事に楽しさを感じている。同じ教室内にこいつらが、何より田代が居る事が慣れなくて、嬉しくて仕方ないんだろう。こんな事口が裂けても言わないけど。



「ねぇ、正直に思った事言っちゃっていい?」

「何だい?」



そうしてようやく教室内に落ち着きが戻った頃、ふいに隣の席の小川さんが話しかけてきた。彼女は去年の秋頃に田代を合コンに連れ出した女子で、あの時は少なからず嫌悪感を抱いてしまったけれど、田代に「彼女達も悪気があった訳じゃない」と説得されてからは特別マイナスな感情は無くなった。むしろ後日に改めて謝られたくらいで別に悪い子じゃない事もわかったし、だから今では普通に話せる。

て、そんな回想は置いといて。俺は妙に楽しそうな笑顔を浮かべている小川さんに首を傾げながら相槌を打つと、彼女の笑顔はより一層深みを増した。そして、



「幸村君て、本当にあの子の事大好きなんだね」



そんな事を言われた。

小川さんがあの子、と言いながら傾けたシャープペンの先には、さっき机に突っ伏したばかりのあいつの後ろ姿があって、俺はとりあえずそのシャープペンを掴み下げた。若干乱暴な行動だったにも関わらず小川さんは笑うばかりで、こいつも蓮二タイプか、と思うと頭が痛くなった。…別に、そんな見てないだろ。



***



「そういえば幸村ブチョ、今年の学祭は何やるんすかー?」

「あぁ、もうそんな季節か」



賑やかな授業が終わったかと思えば、次は賑やかな部活の出番だ。田代が用意したドリンクを飲みながらベンチに座ってると、赤也はタオルで体を拭きながら俺の隣に座り、そんな事を問いかけてきた。その質問に近くにいたブン太と仁王も反応して、俺達の所に寄って来る。



「どうせなら今までやった事の無いやつやろうぜぃ!」

「そうじゃのう、俺達は最後だし」

「ふふ、また真田に女装でもしてもらう?」

「うげぇ、俺もうあれは勘弁っす!」



高校の学祭は中学の文化祭よりも開催時期が早いから、この前進級したばかりの身にとっては少し慌ただしく感じる。学祭が終わればすぐに大会が待ち受けてるし(まぁ関東大会なんて余裕だけど)、今年の夏はどんな風になるのか色んな意味で楽しみだ。

結局学祭についてのまともな案は出ないまま休憩を終わらせようとすると、何やら箱を持った田代が前方からトコトコとやって来た。俺達はその姿を見つけるなりそっちに視線を向けるものの相変わらず田代は無表情で、そのまま俺達の間に割って入って来る。



「どうしたの田代、何その箱」

「ファンの女の子達がくれた。クッキーだそうだ」

「マッジで!食う食う!早く寄越せぃ!」

「うっわーうんまそーっ!」

「ブン、もう休憩は終わるなり。後にしんしゃい」

「あそこにいる子達からだ。食べるなら礼を言った方が良いと思うが」



田代が開けた箱の中にはいかにも女子らしい手作りクッキーが入っていて、それにブン太と赤也は嬉しそうに顔を綻ばせた。仁王はさほど興味が無いのか一瞥しただけで手を付けようとしない。そんな中田代はフェンスに張り付いている一角の女子達を指し、俺達にそう促してきた。だから代表してブン太と赤也はその女子達に大きく手を振り、各々礼の言葉を叫んだ。こういうのは2人が適任だ。

そういえば、フェンス外にいる女子達に嫌悪感を持たなくなったのはいつからだろうか。そりゃあ苦手と言われれば苦手な事には変わりないけど、彼女達が俺達を応援してくれている事も変わりない。そして、それを教えてくれたのは田代だった。



「今度の大会も応援に来てくれると言っていた」

「全校応援はもっと後の大会からなんに、凄いのう」

「それほど応援したいんだろう」



女子達を見る田代の目つきは心なしか穏やかで、こういうトコに弱いんだよなぁ、とつくづく思い知らされる。しばらくその表情に見入っていると突然田代は俺の方を向いて来て、不覚にも言葉に詰まる。でも、その一瞬の沈黙を破ったのは田代からだった。



「このクッキー、さっき1つ食べたが美味しかった」

「お前が先に食べたのかよ。…まぁ、俺達的にはマネージャーにもこういうのを作ってほしい所だけどね」

「考えてみる」



そう言って田代は軽く笑い、仕事に戻る為に部室へ向かい歩いていく。次の休憩まで待ちきれなかったブン太が食べたクッキーからは、ほんのりと甘い匂いが漂ってきた。
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