嬉しいなんか言ってやらない



「すっかり忘れてたのう」

「おう、忘れてた」



丸井と仁王は、新しいクラスが記載された紙が貼られている掲示板を、大勢の生徒達の間に割り込んで見つめていた。



「このまま推薦で立海大に行く奴って、文系理系とか関係なかったよなぁ」



今日の立海では、この後始業式が行われる。現在はまだ登校時間の為2人はこうして新しいクラスに目を通している訳だが、中々状況を読み込めていないのかその口調はまるで他人事のようだ。一体2人は何をそんなに混乱しているのか。



「おん。志望学部によって変わる必修教科は選択授業で補うんじゃったな」

「全く紛らわしい事してくれるよなぁ、てっきり調査されたからには別れるもんだと思ってたぜぃ」

「全くぜよ」



自分達と同じように掲示板を見上げている生徒達からは、歓喜または落胆の声が沢山耳に入ってくる。それまで2人はその中のどちらにも属していなかったが、そこまで話し終えて目を合わせると我に返り、突如手を取り合って喜びを露わにし始めた。



「何だよこのクラス最高じゃんか!マジ最高!やべぇ俺超テンション上がってるぜぃ!」

「まさにミラクルじゃ!」

「2人共、何を騒いでるの」



まるで女子高生のように騒ぎ始めた2人の元にやって来たのは、幸村率いるお馴染みのテニス部レギュラー陣だ。今日は始業式という事で朝練は無かったにもかかわらず、こうも全員の登校時間が被るのは珍しい。しかし、そんな偶然を気にかける暇が興奮している2人にあるはずもなく、ただただ「やばい!」を連呼しながら掲示板を指差すばかりだ。それに対し真田は「ちゃんと日本語を使わんか!」と怒鳴ったが、掲示板に視線を向けるなりその怒りは消え去った。



「可能性は確かにあったが、確率的には30%も無かったぞ」

「すっげーな、こんな偶然ってあるんだな」

「ふむ…たまらんな」

「賑やかなクラスになりそうです」

「だろぃ!?やばいだろぃ!?」



彼らの視線は全て「3年E組」に向けられており、そのクラスの名簿には彼ら7人全員の名前がしっかりと記載されていた。

本来3年生のクラスは、個々の進路に合わせて文系コースと理系コースに分けられる。しかし立海高校では特別に、早期の段階で立海大学に進学すると決めている生徒はその進路専用のクラスに振り分けられる制度があるのだ。彼らは全員立海大学に進学希望なので、勿論例外なく専用クラスに振り分けられた訳だが、C組・D組・E組と3つある専用クラスの中で全員が同じクラスになれたのは、偶然を通り越して最早奇跡に近い。この制度をすっかり忘れていた丸井と仁王はその奇跡を充分に喜んでおり、他の者も満更でも無い顔で2人の興奮を受け止めていた。

しかし、その中で笑顔には笑顔なものの、どこか晴れない表情を浮かべている人物が1人。



「でもよ、田代の名前が無いよな」

「…アイツに、クラスわかったらすぐに連絡してって言ってたんだけど、未だ来ないんだよね」

「確かに、中々言い出しにくい状況ではあるな」



その人物とは勿論幸村の事だ。彼の心境を察したジャッカルがフォローを入れるようにそう言うと、女子の名簿に目を向けていなかった丸井と仁王は一気に落胆し肩を落とした。決して晴香の事を忘れていた訳では無いのだろうが、続々と目に入ってきた見知った名前達に驚き、最終確認するのを怠ってしまったのだろう。それに、この流れでいけば晴香もいるものだと勘違いしてたに違いない。

晴香がいない。その事がわかるなり7人は一瞬静まったが、次の瞬間には「じゃあどのクラスにいるんだ」と血眼になって掲示板を睨み始めた。彼女が立海大学に進学する事は勿論知っているので、E組以外の専用クラス、C組とD組の女子名簿を見やる。



「…嘘だろぃ?いない…?」



が、いつまで経っても彼らが見つけたい名前は出てこない。何度も何度も見返しても、思わず全員分の名前を呟きながら上から順々に見ても、やはりそこに晴香の名前は無い。

他クラスに目を向ける、という選択肢は彼らには無かった。それもそのはず、専用クラスではないクラスに名前があるという事は、すなわち晴香が立海大学に進学しないという事になるからだ。そんなのを彼らが受け入れられるはずがない。いや、受け入れたくもない。

そうこうしている間にHRが始まる時間になってしまい、結局最後まで晴香の名前を見つけ出す事は出来なかった。あれほど歓喜していた丸井と仁王も今では萎れた花のようにしょげており、彼らの最後尾を歩いている幸村に関しては、最後まで恨めしそうに掲示板を睨み付けていた。
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