「ご、めん!」 「え、あ、いや」 ロッカーに置いてある私物を取りに来ただけなのに、まさかこんな事になるなんて。迂闊にも程がある、と俺は自分のタイミングの悪さを最高に恨んだ。てっきり、田代は女だから1つしかないロッカールームは使わずに、自分の部屋で着替えをしているものだと思っていた。なのに、まさかよりによって着替えの真っ最中に遭遇してしまうなんて。一体どんなお約束展開だよ。 乱暴に閉めたドアに背中を預け、両手で顔を覆いながらズルズルと情けなくしゃがみ込む。白くて綺麗な、華奢な体が頭から離れてくれない。…でも。 「胸、本当に小さかったなぁ…」 こんな時にまで出てしまう男の性を、今ばかりは本気で殺してしまいたくなった。…ごめん、田代。 *** 「もうだいぶ下がったようだな」 「うん、体もだるく無いよ」 「それは良かった。で、田代と何があったんだ」 午後6時。ついさっき練習を切り上げた皆はまず汗を流しに風呂に行ったようだけど、蓮二は混雑するのを見兼ねてかその前に俺の部屋に来た。最初に調子はどうだ、練習はどうだった、とかいう他愛も無い話をしてから切り出された話題に、またもやあの光景がフラッシュバックする。本当にこいつには敵わない。 「…あいつが着替えてるとこ、モロに見ちゃったんだ」 「お前にそんな趣味があったとはな」 「なワケ無いだろ!」 「冗談だ」 とんだ世迷言を言い出した蓮二につい声を荒げると、次はそう言って笑われた。余裕なその態度が物凄く鼻につくが、実際冗談とはいえそう思われても仕方ない事をしてしまったんだ。その事を今更実感するなり、俺の表情は自分でもわかるくらいどんどん曇って行った。 「何険しい顔をしているんだ」 「いや、なんていうか、自覚した途端凄い嫌悪感が出て来た」 「だから冗談だと言っているだろう、田代がお前に覗かれたなどという意識を持っているはずが無い。ただ、様子はおかしかったがな」 「どうおかしかった?」 「かつてない程の眉間の皺の数だった」 やっぱり不審に思われたんじゃん、と再び襲って来た嫌悪感に溜息を吐き、布団を顔まで被って潜る。 「精市、知らないのか」 「何が」 「田代が眉間に凄まじい皺を寄せるのは、恥じらいや照れといった感情を持った時だぞ」 すると、蓮二は明らかに俺で楽しんでいるかのような声色でそう付け加えて来た。…確かに、今までの経験上それは間違っちゃいないけど、今回は状況がまた別だ。恥ずかしいとか照れくさいとか、そんな感情だけでは済まされない事をしてしまった。考えれば考えるほど最低じゃん俺、ていうか何でこんなに落ち込んでんの俺、と無意識のうちに噛み締めていた唇を、更にギリッと強く噛む。 「相変わらず田代の事となると途端に自信を無くすな、お前は」 「うるさいよ」 「安心しろ、流石に顔を出すのは気が引けたのだろうが、俺にお前の様子を見て来て欲しいと頼んで来たのも田代だ」 ガバッ!と勢いよく剥いでしまった布団を見て、反射的に反応してしまった事を後悔する。でも、今はそんな小さな事にこだわっている場合では無い。 「後、これも任された」 「ノート…?」 「俺達立海の練習風景について考察したものだ。中々詳しく書かれているぞ、お前宛に」 蓮二から渡されたノートをひったくるように奪い、パラパラとページを捲る。そこには、田代の女らしくない、それでも見やすく綺麗な字がびっちりと羅列されていた。 「練習風景の報告をするよう、頼んでおいたのだろう?」 「そう、だけど…こんなびっちり書いてくるなんて」 「マネージャー業が暇だったのもあるだろうが、かなり真剣に書いていたな。それも全部お前の為だ」 赤也のフォームが以前より綺麗になった、とか、ブン太のスタミナが上がった、とか、真田の声がいつもよりもでかい…ってこれはいらないな。兎も角、そういう細かい所からふと気付いた所まで、色んな事がノートには書かれていた。テニスの技術面に関してはド素人の癖に、ここまで観察して書いたんだ、あいつ。正直俺的には、部屋に来て田代が淡々とあいつらや他校の奴らの事を話してくれるのを期待してたんだけど、まさかこんな形で報告してくれるなんて。 「ほんっと、策士なのか不器用なのか」 「田代が策士になれると思うか?」 「思わない。ねぇ蓮二、晩ご飯食べ終わったら田代に部屋に来るように言っといて」 「わかった。飯は後で弦一郎か誰かに持って来させるから待っててくれ」 「ありがとう。あと、もう1つ」 「なんだ?」 「田代ってさ、こっちがどうにかなっちゃうくらい可愛いよね」 色んな意味で、俺の予想の遥か上を行く田代の事を完全に理解出来る日なんて、きっとこの先一生来ないと思う。でも、だからこそ良いんだ。知らない部分が沢山あるという事は、その分沢山田代の事を知れるという事。そうして色んな田代を知って行く度に、それがどんなに些細な事でも俺は嬉しく感じるんだ。 1時間後に部屋に来た田代の眉間には、案の定盛大な数の皺が刻み込まれていて、思わず声に出して笑った。 |