「おらおらおらー!抜かしてみろぃ!!」 「…下剋上です」 合宿2日目。まだ春先だというのに太陽が容赦なく照らし続けるこの空の下、体を鍛えるかつ暑さを凌ぐ為にか、今日は練習場所をプールにしている人が沢山いる。そんな光景を私は悠長に眺めているのだが、いやはや暇だ。もうドリンクも作り終わったし、このペンションは手伝いをしてくれる人がいるからこれといってやる事が無い。暇だし暑いし、果たしてこの合宿に私が来る意味はあったのかすら疑問に思えてくる。 「どうした晴香、退屈そうだな」 「暇だ」 「まぁ、だろうな」 プールサイドにある背の高い椅子に座って頬杖を付いていれば、下から景吾君の声が聞こえた。それに対し素直な相槌を打つと、彼は頭をタオルで拭きながら苦笑した。わかってくれたらしい。 そして景吾君はベンチに座ってドリンクを喉に流し込むと、「お前も降りて来い」と言って隣の席をトントン、と叩いた。別に、特に断る理由も無いからゆっくりと梯子を伝って椅子から降りて、彼の隣に腰かける。 「やる事無いんなら様子見てやってきたらどうだ」 「様子?」 「幸村の事だ」 しばらく2人でプールの光景を見ていると、景吾君は突如ポツリとそう呟いた。まさかこのタイミングで幸村君の名前が出てくるとは思っていなかっただけに、少なからず驚く。幸村君…朝体温を測った時にはまだ若干熱があったようだが、今はもう下っているだろうか。下っている事を願う。 そんな不安が表情に出ていたのか、景吾君は軽く笑いながら「早く行け」と言って私の背中を押した。急な衝撃に目を瞠りながら彼に視線を向ければ、やけに爽やかな表情で笑っていた。え、何なんだ。 「…立海の人達がうるさくなり始めたらちゃんと説明しておいてくれ」 「わかってるっつーの」 とはいえ、正直な所それに逆らおうと思わないのも事実だ。なので私はベンチから立ち上がるなり、早急にペンションに足先を向けた。 が。 「晴香ゲーーット!!」 「え」 一瞬にして視界が反転して、眩しい太陽と澄んだ青空が目に入ったかと思えば、すぐに鼻の奥がツウンとなった。しかも、それだけではない。全身を包んだ生温い液体の正体はどう考えてもプールの水で、それはすなわち私がプールの中に落ちた事を示している。…何でだ? プハッ、とやっとの想いで水から出ると、形相を変えた皆が一瞬にして集まって来た。その中でも特に目に入ったのは切原君で、ワカメが膨張して凄い事になっていた。実際こんな事言ってる場合じゃないんだが。 「金ちゃん何しとんねん!!晴香堪忍なぁ、怪我無いか?大丈夫か?」 「鼻の奥がツウンとする」 「晴香先輩ぃいぃ!!大丈夫っすかぁあああ!!!」 「切原うるせーっつーの!とりあえず中入って着替えて来いよ」 蔵ノ介、切原君、宍戸君を筆頭に他の人も色々言葉をかけてくれたけど、服が全身にへばりついてるせいで気持ち悪くて仕方ない。だから私は彼らを軽くかわし、水分を吸ってしまった事によって重くなった服をズルズルと引きずりながら、ペンション内へ急いだ。 「…大丈夫か?何か悪ィな」 「いや、景吾君が気にする事じゃない」 行く途中にタオルを頭に被せてくれた景吾君にはそう言い、水浸しのまま中に入るのもアレなので一度玄関前で体を拭く。そうして滴るほどの水気は無くなったと同時に、駆け込むようにロッカールームに入る。着替えはあらかじめロッカーの中に置いてあるから丁度良い。 「(下着も取り換えなければ)」 まずは下半身から着替え、次に上半身。Tシャツをスポーツブラごと勢いよく脱ぎ捨て、タオルで体を拭いて、ブラを付けて。後はTシャツを着れば完了だ、と思った直後、キィ、とドアが開く音がした。このロッカールームは一部屋しかないから必然的にあの人達と共用だが、今あの人達は練習中だ。だとすれば掃除の人か誰かだろうか。だったら挨拶をした方が良いよな、まぁでもその前に着替えを終わらせよう。1人で色々と考えながらとりあえずTシャツに腕を通すと、なんとそこで表裏が逆な事に気付いた。かなりの面倒臭さを感じつつもそのままにしておくわけにもいかないので、仕方なくもう一度Tシャツを脱ぐ。 「誰かいる、の…」 「…あ」 しかし、その瞬間にロッカーから顔を出して来た人物を見て、何故一度表裏逆に着たのか、自分の不手際さを存分に恨んだ。 |