「…クッソー」



こんなはずじゃなかった。いつだって俺の体調は最悪のタイミングで最悪な状態になって、周りに迷惑を掛ける。体調が悪い事なんて今日の朝起きた時点で感じてたし、とてもじゃないが練習に精を出せる状態では無い事だってわかってた。わかってたけど、従いたくなかった。そう、これはただの俺の我儘だ。我儘がもたらした結果は散々で、色々な人に心配や迷惑を掛けてしまった。



「(頭痛いし喉痛いしだるいし)」



ベッドサイドにある携帯を確認すると、時刻はもう22時を回っている。1階は氷帝、2階は四天宝寺、3階は立海がそれぞれ客室を使っているから、俺が今居る4階はこの部屋以外全部空室だ。だからその分うるさい話し声も暴れる音も聞こえてこない。騒音が無いのは本来快適なはずなのに、今の俺にはそれすら恋しくて仕方なかった。こんな女々しい事口が裂けても言わないけど。

部屋の電気を点ける為にベッドから出ると、体は寝汗で濡れていて気持ち悪い。加えて、食欲は無いけど喉は乾いた。あと暑い。そんな言い出せばキリが無い不満を晴らす為に、俺はとりあえずドアを開けて部屋から出た。この部屋は階の1番奥に位置していて、真正面にはベランダがある。だから俺は、この暑さから解放されたい一心でベランダの鍵を開け、裸足のまま外に出た。春の夜風が少しだけ体を涼める。



「…早速うるさいし」



ベランダに出ると、下の階は廊下にある窓を全開にしているのか、ギャーギャーと騒ぐうるさい声が耳に入って来た。その事に呆れて思わず独り言を呟くものの、すぐに呆れは羨望に変わる。俺だって、あいつらと同じ空間にいたいのに、なんで俺だけ。考えれば考えるほど汚くなっていく感情が沸き出てくる。

その時、ちょうど俺が立っている場所の真下から、「幸村君!」と名前を呼ぶ声がした。だから反射的に下に視線を落とすと、3階のベランダにはアイスを食べているブン太と謙也がいた。



「外出てだいじょぶー?体冷えるぜぃ?」

「皆で起きたら様子見に行こうやって言ってたんや!せやから今そっち行くでー!おーいお前らー、幸村が起きたでー!」



謙也がベランダから廊下に向かって大声でそう叫べば、赤也を筆頭に色んな奴らが下からにょきにょきと顔を出して来た。その馬鹿面達を見てるとあっという間にさっきまでのどす黒い感情は消え失せ、だから次は軽く噴き出すように笑う。

けれども、それも長くは続かなかった。



「おい幸村、そこは老朽化してるベランダじゃ───」



跡部の声は、途中から耳に入ってこなくなった。

途端に足がもつれ、バリッ、と何かが突き抜ける音がその場に響く。



「特に変更点は無いんだが、叔父から聞いた話によると一部の建物が老朽化しているらしい」



瞬間、熱のせいで頭が働かなくて聞き流していた蓮二の言葉が、驚くほど鮮明に蘇って来た。

やばい。

危険を感じた時にはもうどうする術も無くて、俺はただ下にいる奴らが廊下に引っ込んで避難している事を願うばかりだった。



「踏ん張れ!!」



───が。



「ちょっ、!」



背後から伸びて来た2本の腕は俺の背中に思いっ切り抱き付き、そのまま勢いに任せて俺を廊下に引き上げた。いまいち何が起こったのか分からず、とりあえず腹の前でクロスされている腕を触る。その瞬間、俺は勢いよく後ろを振り返った。



「…お前、な、んで?」

「本気で焦った」

「っ、無茶するなよ!お前の体で俺なんか引き上げたら腕痛めるに決まって、」

「そんな事いちいち考えてられるか!」



疲れきってへたり込んでいる田代に真正面に向き合い、立ち膝を付いてこのもやしみたいな体に怪我が無いかを調べる。でもそうする前に田代は俺の手を取って、睨みつけながら珍しく声を荒げて来た。廊下の奥からバタバタ!と他の奴らが走って来る音がするけど、田代から目が離せない。田代しか目に入らない。



「なんでいつもそうなんだ」

「田代、」

「言ってくれたって、いいじゃないか」

「…ごめん」

「幸村君の事で面倒臭く思う事なんて、何1つ無い」



掴まれた手をやんわりと離して、そのまま俯いてしまった田代の頭を撫でる。するとこいつはポカポカと両手で俺の胸板を叩いて来たけれど、その力は俺を引き上げた時と比べて驚くほど弱かった。



「…お前らもごめん。心配掛けたね」

「何言ってんすかー!さっさと治して早く一緒に練習しましょ!」

「ワイも今度こそ負けへんでー!」

「とりあえず部屋に戻りましょう。幸村君、今夕飯を持って来ますね」



いつの間にか集まった奴らに向けて言葉を放てば、赤也、遠山君、柳生から返事が返ってきた。他の奴らも安心したように笑っていて、1つ、また1つとわだかまりが消えて行く。



「田代、練習風景の報告頼んだよ」

「…わかってる」



自分がこんなにも不器用だなんて、田代に会うまでは考えた事すらなかった。どんな事でも自分の中で器用に隠して、上手くやってのけているはずだったのに、本当は全然そんな事なかった。ただ無理矢理我慢してるだけだった。でも、もうそんな下手な不器用ともお別れだ。不器用は不器用なりに、その時伝えられる精一杯をどんな形でも伝えて行けばいい。例えば、今田代がこうして俺に笑いかけてくれているようにね。

…にしても、さっきのはズルイだろ。

熱とはまた違う意味で紅くなって来た顔を隠すように布団に顔を埋めれば、田代はこっちの気も知らずに「布団で窒息するぞ」とか悠長な事を言って来た。俺はそれに言い返したい気持ちは山々だったけれど、結局くぐもった声で「うるさい」としか言えなかった。
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