胸を疼くもどかしさ



「田代!!幸村が!!」



感じていた嫌な予感が、現実になった。



***



「だから聞いたじゃないか、どうしたんだって。なんで黙ってた」

「…別に」



登山組が出発してから約30分後、物凄い形相と足音と共に、真田君は私がいる部屋に駆け込んで来た。最初は何事かと思ったが、彼の背中にぐったりとしている幸村君が乗っているのを見るなり、事は全て把握した。



「38.2。合宿中は絶対安静だ」

「は?折角の合宿なのに?このメンバーで練習出来る事なんてもうこの先無いだろ」

「じゃあ行ったらどうだ?また倒れた時に誰が運ぶのか分かっているならな」



強めの口調で言って来た幸村君に更に強めに言い返せば、体のだるさも関係してかそこで彼の口は閉ざされた。ちなみに今居る場所は4階の空き部屋で、本当は2人1部屋なところを彼の為に特別にペンションの人が用意してくれた。それは勿論スポーツ選手に風邪が蔓延しては困るからという理由から来ていて、その配慮に充分に感謝する。しかし幸村君は納得し切れていないのか、ベッドに仰向けになりながらも凄く険しい表情を浮かべている。まぁ、気持ちは分からなくも無い。でも風邪は風邪だ。



「ほんっと意味分かんない。なんでこういう日に限って」

「体調はいつから悪かったんだ」

「昨日の夜。なんか妙に寝苦しくて、寝不足の原因もそれ」



その言葉を聞いて、行きのバスで珍しく幸村君が眠そうにしていた事を思い出す。あの時抱いた違和感はやはり偽物ではなかったようだ。偽物であってほしかったけれど。

薬が効いて段々と眠気が襲って来たのか、幸村君は次第に目が虚ろになってきた。だから私は今一度布団を掛け直し、寝息が聞こえて来たところでマネージャーの仕事を続行するべく部屋から出た。



「田代、精市はどうだ」

「今寝た」



廊下に出ると、ちょうど今来たのか若干息を切らしている柳君が立っていた。問いかけられた質問に淡々と答えれば少し安堵したように息を吐き、私と一緒にまた外に向かって歩き出す。



「部屋には入らなくていいのか?」

「寝たばかりなのに起こすのもおかしいだろう。夕飯後にでも行く」

「そうか」

「…俺でも気が付かなかった」



ポツリ、と呟くように放たれたその言葉に、もう一度バス内での会話を思い返す。そういえば私が幸村君の様子がおかしいと言っても、柳君は寝不足だからという理由で済ませていたな。自分でも何故彼の様子に気付いたのかはわからないが、ただなんとなく、本当になんとなくいつもと違うと思った。



「精市の悪い癖だな。体調面でマイナスな事があるとすぐに隠そうとする」

「いい加減言ってくれてもいいのに」

「そう拗ねるな」



自分でも子供染みた事を言ったというのは自覚している。でも、もう二度とあの時のような肝が冷える想いはしたくない。辛いなら辛いとちゃんと言って欲しい。

外に出ると相変わらず太陽は容赦なく体を照らしつけて来て、機嫌は更に悪くなる一方。そんな私を見兼ねて柳君は軽く頭を叩いてくれたけれど、例え叩かれても幸村君の苦しそうな表情は頭から抜ける事は無く、逆にグルグルと反芻するばかりだった。幸村君の、馬鹿。
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