「次はお前らの時代だからな。また黄金世代作ってくれよ」



今日此処、立海大附属高等学校では、卒業式が行われた。今は式が終わった直後で、卒業生や見送りに来た後輩が校門前にて各々集まっているのが窺える。中には涙を流したりして別れを惜しんでいる姿も多数見られるが、テニス部の彼らと晴香は穏やかな表情を浮かべており、彼らの先輩方もそれに応えるように微笑んだ。



「俺、部長の事わりかし好きだったっす」

「切原は最後の最後まで生意気だなー。ま、最初は幸村の事しか部長って呼んでなかったのに、いつからか俺の事もちゃんと部長って呼んでくれるようになったのは素直に嬉しかったぞ。ありがとうな」



そう言いながら前部長が切原の頭を軽く叩けば、彼は涙がこぼれ落ちそうになるのをなんとか堪えつつ、「はい!」と元気に返事をした。そんな成長した後輩の姿を見て、前部長以外の者達も安心したように目を細める。

そうして少しの沈黙が流れたところで、それまで黙っていた晴香は急に一歩前に出て卒業生達の真っ正面に立った。普段そういった事をしない晴香が行動に出たものだから、卒業生達は若干驚いたように目を合わせ、再び彼女に視線を送る。



「これ、この前の送別会の時のも含めたアルバムです。先輩達1人1人に作ったので、良かったらどうぞ」



晴香は相変わらず低めの声でそう言うと、テキパキと卒業生達に小さなアルバムを手渡し始めた。手作り感溢れるそれは部員全員で作った事がよくわかり、ある物は丁寧だったり、またある物は少々乱雑だったりととても個性溢れる物となっている。まさか最後にこんなサプライズがあるとは思いもしていなかった卒業生達の中には、このアルバムによって涙を流し始めた者が数名見られた。



「…うあーもうダメダメ!田代ちゃん!」

「はい」

「レギュラーも同学年も後輩も、全員のサポート頼むな!特に幸村は意外と不器用だから!」

「わかってます」

「誰が不器用ですか、誰が。田代もちゃっかり何言ってんの」



3人のテンポの良い会話に他の者達は笑い、賑やかな声が響く。



「…本当に、頼むな」



笑い声が止んだところで、前部長はそれまでとは違った声色で呟くようにそう言い放った。それに対し、男気溢れる真田の大音量の返事を筆頭に、後輩達も腹から声を出す。その返事に前部長は満足げに微笑むと、「じゃあ帰るぞ!」と校門を出て歩き始めた。晴香達もこの後はもう授業は無く帰るだけなので、彼の背中に続くように歩く。

そうしてしばらく歩いた先の別れ道で、前部長は今一度後輩達に激励の言葉を送った後、家に帰る為に他の者とは別れ違う道を歩き始めた。

が。



「部長、何が嬉しくて男に腕掴まれて歩かなきゃいけないんですか」

「まぁまぁこれが最初で最後なんだし、これまでの感謝の意も込めて送ってってくれや」

「自分でそういう事言いますか、普通」



前部長の手はしっかりと帰り道が逆方向なはずの幸村の腕を掴んでおり、更にはそんな先輩命令を下した所から、どうやら彼に送ってもらう気満々らしい。最初は渋ってたものの後に観念した幸村は、とりあえず掴まれている腕を振り払い、自分より若干速い前部長の歩幅に合わせて歩き始めた。その表情は当たり前に面倒臭そうだが、拒否しているわけでは無いらしい。



「部長としてこの先何をすべきか、とかいうのは俺よりお前の方がずっとわかってるだろーから何も言わねぇよ」

「そんな事は無いと思いますけど」

「んましいて言うなら、あんま部員をいじめんなって事くらいだな!」



ガハハ!と大口を開けて笑う前部長を見て、幸村は眉を下げて呆れながらも楽しそうに笑った。この能天気さに実は何度気持ちが楽になった事があったか、本人には直接言っていないがその回数は計り知れない。ただいるだけで場の雰囲気が明るくなる、前部長はテニス部員全員にとって太陽みたいな存在だった。



「俺が気になるのは、やっぱ田代ちゃんとの恋の行方ってやつなんだよなー」

「部長が気にする事じゃないでしょう」

「幸村ー、俺さ、中学立海じゃないじゃん?だから最初部長になった時結構周りから言われたりしたのね、何で外から来た奴が部長やっちゃってんのみたいな感じの事を。お前も知ってると思うけど」



前部長が突然語り出したその話の内容は、幸村も勿論覚えている。そこまで詳しくは知らないが、ただくだらない事で文句を付けられているな、と不憫には思っていたのだ。幸村だけでは無く、少なくとも彼の周りの者達は皆そう思っていた。しかし、まさかこの状況でその事を自ら掘り返してくるとは思っていなかっただけに、それまでは言い返していた口が途端に止まる。



「確かに理不尽だと思ったし、つまんねー事で騒いでんなとも思った。でも、絶対見てくれてる奴はいるんだよな。俺の場合は副部長とかがそうだった」

「…」

「田代ちゃん、お前の事すっげぇよく見てるよ。あ、ガン見とかそういう意味じゃなくてな」

「変な所でボケないで下さい。…田代が?」

「おう」



首を傾げる幸村に、前部長は更に話を続ける。



「特にお前の体調に関しては1番俺に相談してくるぜー。後はどういう時に何を欲してるかとか、そういうのすげぇ考えてる」

「体調を?」

「幸村中学の頃病気になっただろ?だからだと思う。お前の前ではそういう素振り見せないから知らなかっただろうけどよ」



静かな住宅街を歩く音だけがその場に響き、しばらくして、その音は前部長の方から止められた。家に着いたのである。



「んまそんな感じで、深い意味はまだわからないにせよ、田代ちゃんがお前の事を大切に思ってるのは明白だ。だから───変な境界線引いて躊躇してるんなら、そんなもんとっとと壊しちまえ!」



ポスッ、と幸村の左胸に前部長の拳が当てられた。その表情には、かつて部員全員が慕っていた見てる方まで笑顔になれるような笑顔が浮かべられていて、幸村も例外なく目を閉じ、笑った。



「ぶっ壊す覚悟は出来てますよ」



たった一言ではあったが、前部長はその一言で充分に幸村の決意を理解した。それと共に2人は強く握手を交わした後、前部長は家に、幸村は自分の帰路に着いた。

彼女と過ごせる最後の季節が巡ってくることを、幸村は1人で歩きながら漠然と感じていた。
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