「本当細いのによく食べるよねー、俺美味しそうに食べる子好きだなぁ」 向かいに座っている男から投げかけられた言葉に軽く頭を下げて、再び食べかけのカツ丼を口に放り込む。 なんだこれは。 それが、小川さんと上林さんに此処に連れられて来た時にまず思った事だった。 「(ごうこんって、知らない人と一緒にご飯を食べる事なのか)」 席に着くなり勝手に始まった自己紹介では、皆特技や趣味を付け足して言ったりなど自己アピール?っぽいものをしていたが、そもそも自己紹介をする意味が分からない私はただ名前だけ言って終わらせた。というか、何で私は小川さんと上林さんだけではなく、この目の前の何処かも分からない高校の制服を着た男達とご飯を食べているんだ。考えても考えてもその答えは見出せず、とりあえず私は腹ごしらえに食べ物を注文しまくった。あの人達といれば食事の席では必ず取り合いが起こるが、此処でそんな事は起こらない。それどころか先程言ったように、目の前の男は優しく微笑みながら私を見つめている始末だ。食べにくいったらありゃしない。 「あれ、田代ちゃん何処行くの?」 「ドリンクバー」 「あ、じゃあ俺も行こうかな」 半ば逃げ出したい気持ちでそう言ったものの、あろう事か目の前の男は一緒に着いてくるとか言い出した。だから「まだ飲み物余ってるんじゃないのか」と言えば、男は瞬時にそれを飲み干し、やけに爽やかな笑顔を私に向けて来た。意味が分からない。 「晴香ちゃんさ、なんで今日此処来たの?」 「連れて来られただけだ」 「晴香ちゃんって不思議だよねー、他の子とはまるで雰囲気が違うもん」 コップにコーラを注いでいる間にも男はベラベラと話しており、正直鬱陶しいなと思った。妙に近い距離の立ち位置もなんだか気に食わない。あの人達だったら別に平気なのに、なんでこの人じゃこんなにも居心地悪く思うのか、私自身も不思議でならない。 「ねぇ、このまま何処か抜け出しちゃわない?」 時刻は20時前。此処に来てからもう結構な時間が経っている事に気付き、よくもこんな長時間耐えられたな、と我ながら感心する。が、そう思った瞬間に男は私の腰に手を回して来た。突然添えられたそれに驚き離れようとするが、男の力は案外強くて中々離れられない。 こんな事なら、仁王君達と一緒にご飯を食べに行った方がずっと良かった。逃げられない、という感覚がこんなものだなんて、知りたくなかった。 「そこ、退けて欲しいんですけど」 ───その時だった。 「あ、すんませーん。どうぞ」 聞くだけで安心するような声が耳に入って来て、反射的にその方向に首を向ける。するとそこには予想通り、髪をくくって眼鏡をかけた幸村君がいた。彼はコーヒーカップを手に持ちながら私達の方を凝視していて、その表情から完全に不機嫌だという事が窺える。 「…奇遇だね、田代。何やってんの」 「幸村君、」 「え、何晴香ちゃん、知り合い?」 男の場違いな声で空気は一瞬にして悪くなり、重い沈黙が漂う。この雰囲気を作った原因の男はそれによって焦ったように挙動不審になり、私はその隙に男の腕から抜け出し幸村君の背中に隠れた。そうすると幸村君は私の方にバッと顔を向けて来たが、私はそれには目を合わせず、ただただ彼の服を握りしめた。 「悪いけど、そういう事だから。こいつは引き取らせてもらうよ」 有無を言わさない幸村君の声に、男は歯切れの悪い言葉と一緒に頷く。そして幸村君は小川さん達もいる席に行って私の鞄を取り、そのまま会計を済ませて一緒に外へ出た。 「幸村君、今来たばかりじゃないのか」 「そうだよ、勉強しに来た」 「会計だって、結局何も飲んでいないだろう。私が払う」 「お前さ」 しばらく歩き続けた所で幸村君は途端に止まり、相変わらず不機嫌な表情で私の方を振り向いて来た。 「俺があそこに居合わせたの、本当に偶然だと思ってんの?」 そして、そう言った。 言われた直後は何の事か分からなかったが、しばらくしてその言葉の意味を理解するなり、私は何も言えなくなった。ただ前を歩く幸村君は、私の家の方向に向かっている事から多分送ってくれるのだろうと察し、素直に後ろに続く。 最近、幸村君の行動や言動がよく分からない事が多くなって来た。何故分からないと思うのかを聞かれればそれも分からないのだけれど、前より近付いたような離れたような、この何とも言えない距離感が妙にそわそわする。 「ねぇ、此処寄ってっていい?」 「あぁ」 無言で歩いていると、幸村君は私の家の近くにある公園に立ち寄った。この公園は、中3の全国大会が終わった後に彼と2人で来た所だ。通りかかる事はあってもまともに来たのはあの日以来今日が初めてで、微妙に懐かしさが込み上げてくる。そんな中私達はまたあの日と同じようにブランコに座り、先程までの無言を掻き消すように色々な事を話し始めた。 やはり、不思議だ。あの男と話している時は何も楽しく無かったし、早く帰りたいという気持ちばかりが行き急いでいたのに、今はその真逆と言って良い程気持ちが晴れている。いつも一緒にいるはずなのに尽きる事の無いこの話題達は、一体何処から出てきているのかと考えた所、ただ単に幸村君相手だとどんな些細な事でも話せるから、こんなに話が続くんだなと思った。 「やはり、君達は特別らしい」 それがわかった直後、私の口からは珍しく素直な言葉が出た。いつもは口に出す事は無かったのに、今だけは不意にポロッと出てしまった。だからその事にしまった、と思い口を抑えると、幸村君はブランコから立ち上がり私の目の前に立った。それに伴い視線を合わせるように顔を上げれば、幸村君は月明かりに照らされながら笑顔を浮かべていて、不覚にもそれが凄く綺麗に見えた。 「もうあんなの行くなよ」 「ごうこんがあぁいうものだってわかっていれば最初から行って無かった」 「そうだろうけどさ。…ねぇ田代」 風にさらされて少し冷えていた体が、途端に柔らかい匂いと共に暖かくなる。気が付けば私は幸村君に抱きしめられていて、更に気が付いた時には私もその背中に腕を回していた。彼はしばらくして「やっぱりなんでもない」と言葉の続きを濁したが、その続きは無理矢理催促するものでは無いと直感で思ったので、軽く頷く事しかしなかった。 あの日も私達はこんな風に抱き合ったが、あの日の想いとはまた何かが違う事を、私は酷くぼんやりと実感していた。そんな、高校2年、秋。 |