「田代、そうめんが美味しくなる食べ方教えてあげようか」

「どんな食べ方だ?」

「目瞑って」



開始から1時間が経っても皆の食べる勢いは止まらず、私もそれなりの量を取っては避け、取っては避けの行動を繰り返していた時。幸村君は笑顔でそんな事を言いながら近寄って来たので、なんだろうなとは思いつつも私は素直に彼の言う通りに目を閉じた。数秒してから口を開けろと言われたのでそれにも素直に従い、入ってくるのであろうそうめんを待つ。



「っ、ぶふっ!!」

「あはは、引っかかったー」

「か、らい」

「Aー!?幸村君ってば晴香にもそれやったのー!?鬼畜だCー!」

「酷いでほんまにー!ワイもごっつ辛かったんやで!」



が、入ってきたそうめんはそうめんというよりも最早ただのわさびに近かった。吐き出さないようにする為に両手を口に当て、何とかむせるのを堪えようと試みるが、自分の意志とは反して目から涙がボロボロと零れ落ちてくる。そんな私を見兼ねて背中をさすってくれている桑原君と光には大感謝だ。

しかしまさか、幸村君がこんな悪戯を仕掛けてくるとは思ってもいなかった。さっきジローと金ちゃんの悲鳴が聞こえた時は何事かと思ったが、そうかそういう事か。純粋な心を利用するなんて酷すぎるぞ、幸村君。その想い一心で彼の事を睨みつけるが、よほど私の反応が面白かったのか彼は楽しそうに声を上げて笑っているばかりだ。



「ごめんごめん、まさか田代がこんな良い反応をしてくれるとは思っても無かったから、つい」

「出来心で人を使って遊ぶな」

「晴香!俺様がすくったそうめんだ、食え!」

「景吾君はもう少し空気を読んでくれ」



次から次へと忙しなく騒ぎ続けるこの人達に一度溜息を吐くと、相変わらず楽しそうに微笑んでいる幸村君とバチリ、と目が合った。すぐに思い切り逸らしてやろうかとも考えたが、それよりもやられたのだからやり返そうと思い、手近にあったわさびのチューブをひったくるように取って彼の前に立ちはだかる。



「何、この俺に仕返しでもするの?」

「幸村君、目閉じて口開けて」

「隠してるつもりなんだろうけどバレバレだから、その緑のチューブ」



どうせなら倍返しにして、そうめんと一緒ではなくわさび単体で口に突っ込んでやろうと思った私のその思惑を、幸村君は意図も簡単に見抜いた。で、背中に隠していたチューブを取られそうになったので反射的に体を仰け反らせれば、彼はバランスを崩し前のめりになった。という事は、必然的に。



「…何をやっているんだ、お前達は」

「幸村も案外積極的なんやなぁ」



柳君と蔵ノ介の言葉に加え、周りから向けられた視線に自分でも何をやっているんだろう、と途端に我に返る。芝生に倒れ込むように転んだ私と幸村君は、静かにかつ淡々と起きあがった。パンパン、と服に付いた汚れを払い、もう一度幸村君と向き合う。



「…ごめん、別に転ばせるつもりはなかったんだけど」

「いや、私もムキになりすぎた。そうめん食べてくる」

「あぁ、そうしなよ」



それから私は再びそうめんに、幸村君は柳君の元に各々行き、ちょっとした騒動は幕を閉じた。



「まさか押し倒すとは思っていなかったぞ。顔が赤いが大丈夫か」

「やらかした、完全にやらかした、ありえない俺」

「あー、なんや幸村、そういう感じやったんやなぁ」

「あの子が相手だと苦労するねー」



片手で顔を覆った幸村君は柳君、蔵ノ介、滝君に何かを言われるなりまた更に顔を俯かせていたが、なんでそんな仕草をしているのか私には皆目見当も付かず、結局その後のそうめんを食べる手はあまり進める事が出来なかった。こんな事を言うのもなんだが、彼が覆い被さって来た時、幸村君ってこんなに大きかったか、と今更ながら感じた。
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