「で、どうだったんだ」 ロッカーをバタン、と閉めた直後に、隣で着替えてる蓮二からそんな言葉が降りかかってきた。そしてそれに便乗するように他の奴らも次々に声を上げ、思わず何とも言えない、自分でも中途半端な事がわかるくらいの表情を浮かべる。 「まぁ…よく食べるよね、アイツ」 「晴香先輩が大食いなのは今に始まった事じゃないッスよねー。他になんかなかったんすか?進展とか!」 「色気より食い気、花より団子。そんなアイツとそう易々と進展すると思う?」 「…苦労してんだなぁ、幸村君」 今居る部室ではなく、1年生や平部員が使う更衣室から早急に戻って来るなりちゃっかり居座ってる赤也の質問に答えれば、ブン太からはそんな労いの言葉を掛けられて、更にやるせない気持ちになった。 確かにあの日は田代の笑顔も見れたし、小動物みたいに黙々と食べる姿に癒された事は間違いない。でも、恋愛的に見るととても進展と言える様な出来事は無かった。田代はいつもの田代で、意識してるのは当たり前に俺ばかりだ。この一方通行は果たして気付いてもらえるのかすら危うい所だ、とさえも思う。 「でも田代、俺にチケットの事で礼言って来たぜ。美味かったし楽しかった、ってな」 「俺もそことなく聞いてみたけど、楽しかったって言ってたぜよ」 「これだけ長い付き合いなのに、今更一緒にいて退屈とか思われても嫌だろ」 俺が苦笑しながら後ろ向きな発言をすれば、こういう恋愛話には不慣れな真田が何かを言おうとして、だけど言葉にならなかったのか「んぐぅ」とかいう変な声を出した。勿論ムカついたから足踏んどいた。 「俺的には意外とイケんじゃないかなって思うんすけどねー…仁王先輩同じクラスでしょ?そういう話しないんすか?」 「この前好きな奴いないんか?て聞いたら、真顔でプーちゃんて言われたぜよ」 「まぁ、昔の“鯉”よりはマシだな」 そこで、蓮二は赤也と仁王の会話にちゃっかり割り込んで、いつだかの話を引っ張り出して来た。俺はその話題に反射的に反応してしまい、思わず蓮二の肩を叩いた。そうすればおのずとこいつらは何の話だ、何の話だと詰め寄って来て、仕方なく、本当に仕方なく口を開く。 数秒後、当たり前のように部室内は爆笑に包まれた。 「しょ、少々解釈が個性的すぎると言いますか…ブフッ!」 「ひろし笑い方キモくなってるぜぃ、いやーでもウケる!マジでウケる!」 「恋と鯉を間違える、か」 流石のジャッカルでもフォロー出来なかったのか、そんな呟きが耳に入る。中3の頃、蓮二が田代に恋をしてるのか、と問いかけた所、田代は恋を鯉と勘違いして「私は鮭の方が好きだ」とかいう素っ頓狂も良い所な返事をしたというのは、もはや俺と蓮二の中では伝説化しつつあった。他の奴らに俺の田代への想いを打ち明けたのはあの伝説の後だったし、わざわざ言う機会も無かったから、まさか今になって爆笑が起こるとは…まぁ別にいいんだけどね。 「おーい2年生、楽しそうに話してるとこ悪いんだけどそろそろ出てくれなー」 そこで部長が俺達にそう声を掛けて来たので、俺達は声を合わせて返事をするなりすぐに部室から出た。で、田代が待ってるであろう校門に向かい足を進める。 「遅い」 校門前に着けばいつも通りの仏頂面が待ち受けていて、その事に俺達は目を合わせて笑った。 正直な所、2人で出かけたあの日から、田代の事を必要以上に意識してしまっている自分がいるのは間違いない。今日、いつだか田代に告白した後輩の大塚さんに言われた言葉も、実際は図星で何も言い返せなかった。測定が終わって教室から出ようとしたけど、田代の声を聞いてその足は止まった。何て話しかけよう、どんな風に話そう、仁王と何を話しているのか、そんなくだらない事を考えれば考える程体は動かなくなっていて、結局あの時田代と会話をする事は出来なかった。今思えば何て馬鹿な事で躊躇してたんだろう、と心底思う。 「すまないな、少し話し込んでいた」 「ミーティングか?」 「ある意味そうじゃのう」 と、人が物思いに耽って後悔している時にも関わらず、蓮二と仁王は意味深な言い方で田代にそんな事を言い出した。すると他の奴らはニヤニヤした顔で俺に視線を向けて来たから、「覚えとけよ」という意味を込めて最大限の笑顔を浮かべてやった。あはは、血の気引いてるー。 「そういえば幸村君、身長が伸びていた」 「へぇ、体重も少しは増えたの?」 「昔よりは確実に」 …でも、例えばこういう些細な話題とか、他愛も無い事を俺に話しかけてくれる事が嬉しい。他の奴らが周りに居る時でも俺の隣に来て、そのでかい目を俺だけに向けてくれる事が嬉しい。 「幸村君も伸びてたか?」 「177。去年から2ミリくらいしか伸びてないからもう伸びないよ」 「あ、俺も174になってたッスー!」 「170いってねーの俺だけかよぃ。マジお前ら身長分けろじゃなきゃ泣く」 こんな柳生が言いそうなポエムじみた事は口が裂けても言えないけど、せめて自分の中だけでもそういう感情は大切にしていかなきゃいけないな、なんて。 すぐに伝わって通じ合うような恋になるとは、最初から微塵も思っていない。むしろその真逆で、視点が恋となると田代には悩まされ続ける事間違いなしだろう、と覚悟していた。 「あ、後幸村君」 「ん?何?」 「この前の桜祭りで食べたたい焼きの味が忘れられないんだ。だから来年も行こう」 だから俺は、その覚悟をちょっとやそっとで崩すつもりは無い。っていうかむしろ崩せないだろう。───が、 「…あぁ、そうだね。絶対行こうか」 田代はどれだけ俺をのめりこませたいんだ、と思うと頭が痛くなると同時に、理性は崩壊寸前だった。 |