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「どうして、どうしてお前が此処に、恵、何故」

「教えて下さい、榊原恵の事を」



泣き続ける田中和雄に冷静に問うと、彼は呼吸を整える為に深呼吸してから、崩れ落ちた体勢のままポツリポツリと話し始めた。その目線に合わせるように私も地べたに座り、未だ涙が溢れている双眸をジッと見据える。



「恵は、彼女が高校生の頃にウチに来たんです。両親が事故で他界してしまい、行く宛も無い所をウチが引き取る事になって」

「え?」



でも、初っ端からちょっとよくわからない言葉が耳に入って来て思わず聞き返す。高校生といえば女ならもう立派に自分の事を考えられる年齢だ。早いには早いけど1人暮らしが出来ない年齢では無いし、別に引き取らなくても保証人程度で良かったんじゃないの?という疑問が出つつもそこは黙る事にし、再び話を聞く。



「綺麗で良く出来た子で、子宝に恵まれなかった私と妻にとっては本当の娘のようでした」



ありえない。高校生という多感な時期に急に親戚の家に行く事になって、そんな円満にいくものか。仁王の言葉から察すると、この人は娘が死んだショックでしばらく閉じこもっていたという。周りに恵の事を娘だと言うくらい、そんなに大切だったの?本当に?



「家に来た当初に比べると段々と性格は我侭になっていたけれど、それも可愛いもので、だからあんな形で逝ってしまったのが本当に辛くて」



そこでまたワッと泣き始めた田中を横目に入れながら、私は頭の中で色々考える。



「でも、何よりもショックなのが」



しばらく経つとその思考を遮るように田中がまた口を開き、次出た言葉には流石の私も何も返せなかった。



「覚えてないんです、私も妻も」

「覚えてない?」

「あの子の両親とは生前仲良くしていたからあの子を引き取った。そのはずなのに、アルバムを見ても彼らとの写真は無いし、どう頑張っても名前しか思い出せないんです」

「それって、どういう」

「恵の事もそうなんです。彼女が昔何をしていたか、どんな風に可愛がっていたか、全然思い出せないんです!私達は確かに彼女を愛していた、それもすぐにかけがえのないものだと思えるようになった、でも、何も知らないんです!」



表情が固まり背筋が凍りつく。

過去は存在してる事になってるけど、実際は身に覚えがない。周りは無条件に自分を愛してくれる。物事が上手く運びすぎている。

今の私じゃないか。



「恵さんの事、知り合いから聞きました。死んだ状況の事も。でも、何処で探してもそのニュースが引っかからないのは何故ですか?」

「私が情報開示を認めなかったからです。彼女の死に際は、親族や彼女の周り、極一部の者しか知りません。あんな死に方をすれば世間の話題になるのは目に見えていた。そんなので自分の娘が騒がれるのは耐えれなかった」



出来ない事は無い。自分が全ての情報を操作出来る。



「貴方は、一体何なんですか!恵なのですか!」

「思い出せよ」

「何を、?」

「恵は何だったの?何処から来た?誰から生まれた?最初と死ぬ前でどんな風に中身は変わった?非の打ちどころは無かった?誰からも愛されてた?何にも不自由しなかった?ちょっとした矛盾も無かった?思い返してみれば変だと思う事は?何事も順調すぎて怖かった事は?幸せだった?幸せすぎた?」

「ちょっと待っ」

「恵は、人間らしかった?」



最後の問いかけで田中はハッとした表情になり、瞳孔が開いた眼をこれでもかというくらい見開く。半開きになっている口からはダラダラと涎が垂れており、何か言おうにも言葉にならないのか「あ、あ」と間抜けな声が漏れているだけだ。

そして田中は思い出した。



「全部、違った」



それが田中の最期の言葉だった。バタン、と立ち膝の状態で地面に顔から勢いよく倒れ来んだ田中は、もう息をしていない。ピクリとも動かない。死んだ、というよりは、停止した、という言葉の方がしっくり来る。

これでようやく分かった。その事に満足して妙にすっきりとした気分になった私は、そのまま意気揚々と家に帰った。
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