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「やっほー越前君久しぶり!皆に勧められて来ちゃったよん」

「あ、千石さん」



越前が働いている雑貨カフェに千石が来たのは、平日の日中の事だった。不定休な彼にとって平日のこの時間帯に外出している事は珍しくなく、越前も久しぶりに会う先輩を見て寄せていた眉間の皺を少しだけ和らげた。



「どうしたの、怖い顔して」



誘導されるがまま席に着いた千石の表情は、ただ調子を問うてるだけのようには見えない。



「…いえ、ちょっと最近寝不足で」

「俺見たよ、あの時。改札であの子と擦れ違った」



その言葉に分かりやすく動揺し始めた越前を見て、周りに客がほとんどいなくて良かったと千石は苦笑する。言葉を失っている彼に「とりあえずコーヒー」と建前の注文をすると、彼は逃げるようにキッチンに入って行った。そうして数分後、コーヒーを持って千石の元に戻る。



「見てたんすか」

「改札にタッチもしないで凄い勢いで走ってったからもう目が点でさ。追いかける感じでも無かったしそのままホームに行ったら、君、凄い呆然としてた」



笑顔を崩さぬまま淡々と話を続ける千石に、どう答えるのが正解かなんて越前に分かるはずが無かった。それもそのはず、彼自身あの日何が起こったのか未だ理解出来ていないのだ。

綺麗な顔が自分の前だけであんなに醜く歪んでいた。憎悪に満ちていた。

特別な事をしたとは思えない。姿を見かけたから話しかけただけであんな表情をされる程因縁も無いし、彼女の性格上本来そんなのは有り得ない。



「でも、前からちょっと気になってはいたんです」

「何が?」

「あの人、豊崎さん、俺の前ではよく顔を伏せるんです」



トレイを持っている手がカタカタと震え、隠すように力を込めるが千石の目からはもうバレバレだ。彼はそんな越前を見て気の毒そうに視線を逸らした後、小さく口を開いた。



「全部偶然で俺の思い込みだと思ってた。でもやっぱり違うんだ。周りの反応とか見ててもなんかおかしい。何が明確におかしいのかはまだ分からないけど、こんなの自分でも非現実的だし馬鹿らしいって思うけど、でも」



越前はその先を聞くのが怖いのか、酷く怯えた目で千石を見る。あまりにも居心地の悪いそれに千石は話すのを辞めてしまおうかと躊躇したが、もう一度意を決したように深く息を吸った。そして、



「彼女って、本当に人間なのかな」



その言葉は2人の間でのみ大きく反芻した。傍のテーブルで談笑している初老の女達も、注文の品を黙々と作っているオーナーも、最近また新しく仕入れた雑貨達も、空気も、音楽も、何もかも、いつもと変わらない。2人を取り巻く雰囲気だけが、違う世界にポンッと放り込まれたように張り詰めたものになる。



「俺には、分からないっす」



15時を告げる鳩時計が、その場に木霊した。
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