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「いい加減気になるから聞いちゃうけど、どしたの跡部」



目の前で定食を頬張っているジローは、既に何もかも見抜いている様子で唐突に話を切り出した。俺はそれに対し只でさえ進んでいなかった箸を完全に止め、たっぷり数秒かけてジローに視線を移す。その目には、怒り、心配、不安などといったマイナス要素が存分に込められている。

葬儀に行ったあの日から、出来る限りの手は尽くしてきた。法律的には完全にアウトな事もやったし、その為の費用や人材は全く問題視しなかった。ウチの手にかかればいずれ絶対に暴ける。そうすればこの靄も少しは晴れるはず。なのに、結局俺が得られたのは豊崎律子の上辺だけの情報で、核心をつくような事柄は何1つ見当たらなかった。



「仕事でミスする跡部が見れる日が来るなんて思っても無かったC」



ジローの若干皮肉めいた台詞を聞いて、俺はとうとう箸を皿に置いた。珍しく真剣な視線とかち合い、一息吐いてから仕方なしに口を開く。



「もう辞めようと思う」

「うん、俺もそれが良いと思う」



主語が無くても話が通じる辺りは流石だ。ジローは最後の一口を食べてから食後のコーヒーに口をつけると、また淡々とした口調で話を続けた。



「諦めるなんて跡部らしくないけど、このままずっとそんな顔見るのも俺はごめんだよ」

「そんなに顔に出てたか」

「うんバッチリ。それに、俺ここ数週間ちょっと跡部に対して実験っぽい事してたんだけど」



実験?聞き返せばジローは「もし気を悪くしたらごめんね」と前置きし、少し緊張した面持ちに切り替わった。



「俺があの子の名前を出す度、跡部は死にそうになるくらい怯えるの」



心臓が大きく跳ねたのをしっかりと自覚した。あの子、という単語ですらこんな風になってしまう自分が酷く情けなく、思わずジローから視線を逸らす。



「正直ね、俺が最初あの子と友達になった時も、跡部が良い顔してなかったのには気付いてたよ。でもそれはただ単に、跡部って結構嫉妬深いからそこから来てるだけだと思ってたんだ」

「違う、そんなんじゃねぇ」

「うん、違った。そんなんじゃなかった。もっと複雑で怖くて俺なんかの脳味噌じゃ絶対測れない事だった」



そこで話は途切れ、時間的にもそろそろ昼休みが終わるので俺達はどちらからともなく席を立ち、店を出た。しばらく無言が続き周りの喧騒がいやに耳につく。

もう、辞めようと思う。自分でも意外なまでにすらっと出てきたこの言葉は、それでも俺を楽にはさせてくれなかった。何が原因でこんな風になってしまったのかは最早思い出せない。キッカケなんか無かったのかもしれない。



「あの子が消えてくれるのが、跡部的には1番良いのかもしれないね」



物騒な事を言ってのけたジローをぎょっとした目で見てみるが、奴の顔は至って真剣だ。あいつの話題が出ればその度に顔を緩ませていたのに、そこは昔からのよしみという事で俺を優先してくれているのか。

歪みは何処から始まっていたのか、俺にはもうわからない。
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