23

「あの」



聞き慣れない声に首を傾げながらも振り向いた瞬間、うわ、という不満が思わず口に出そうになった。



「ちょっと、聞きたい事があるんですけど」



こちらの様子を窺うような上目遣いでおずおずと話しかけて来たのは、土曜日にキヨと一緒にいたあの女だった。ウチの会社の大きさに委縮しているのか、それとも私自身を怖がっているのか、どちらにせよ昼休みの今のタイミングを計らって来たのだから結構なご執心である。今日はちょうど時間が合わなくて柳達も居なく1人だし、どうやらこれは避けられない状況らしい。



「土曜日にキヨと一緒にいた方ですよね?」

「はい、すみません会社まで押しかけてしまって」

「いいえ。では、私がいつも行っているカフェでいいですか?」



すみません。もう一度謝ってから私の半歩後ろを着いてくるように歩き始めたこの人は、この態度を見る限り普段はこういう思い切った事はしない部類なんだろう。だったらなんでキヨみたいな遊び人と一緒にいたのかが謎だけど、別にそこらへんに興味は無いので深く考えない。概ねちょっと優しくされたから惚れ込んじゃったか、本当にただの友達か、って所だ。

カフェに着くと、そこはいつも通りウチの会社や近くの会社の人達で賑わっていた。本当はあまり知人がいる場所で今からする話はしたくないものの、これ以上遠くまで行くと話が伸びた時に時間が足りない。だから私は店内でも奥まった所を選んで、未だに気まずそうにしている彼女と席に着いた。



「何か食べますか?」

「いえ、私はもう食べて来たので」

「ごめんなさい、私だけ食べながらでも大丈夫ですか?」

「全然大丈夫です、むしろすみません何か」



3回目のすみませんはいい加減対応するのも面倒なのでスルーする。縮こまった肩にちょっと丸まった背中は、傍から見ると私と正反対過ぎて気の毒になる程だ。きっと会社でも冴えない存在なんだろう。

とりあえずお互いの注文をし飲み物が先に来た所で、彼女はようやく重い口を開いた。



「私、佐渡優香子っていいます。清純とは大学時代に知り合って、私と彼は正反対ではあるんですけど、お互い占いが好きなので今でもたまにご飯に行ったりしてるんです」

「豊崎律子といいます。そうなんですか」



さっきの2人の関係性の予想は、前者と見ていいみたい。



「それで、あの」

「私が清純の友達に似ているという話ですよね」



友達、という言葉に置き換えたのは優しさだ。そうして佐渡は私の言葉に一度コクリと頷くと、レモネードを一口飲んでからまた話を続けた。



「本当に恵ちゃんとはなんの関係も無いんですか?」

「はい。今まで彼女の名前が恵さんという事も知らなかったし、全くの無関係なんですよ」

「でも、彼女の死んだ時の様子はご存じですよね?」



純粋なゆえに遠慮というものを知らない、天然をガードにした面倒臭い女。それも無自覚だからよけいタチが悪い。とはいえその質問の答えを知らないのは事実なので、私はゆっくりと首を横に振った。



「彼女、全身の皮を引き剥がされていて、骨も何も残っていなかったんです」



いやいや待ってよここで泣かないで!当時を思い出したのか急に涙ぐみ始めた佐渡に、素早い動作でハンカチを差し出す。目立たない席だからまだ良いものの、こんな所で泣かれちゃ迷惑極まりない。本当にタチが悪い。

確かにその死に方は恵と親しい者からすればショックだったに違いない。でも、そんな事よりも、あぁあの男の言っていた事は本当だったんだと改めて思った。彼女は私のモデル。最初聞いた時の拒否反応は無いにしても、この体が他人のものだって考えるとやっぱり気持ち悪い。



「死因も何も分からなくて、私は彼女とそこまで親しかった訳じゃないんですけど、貴方を見ていてもたってもいられなくなって」



って親しくないのかよ!つまりあれか、キヨの為って事か。そこで一気に元より無かった興味が更に薄れた私は、ランチセットが到着したのを機会に食事に集中する事にした。未だに涙声で喋り続けている佐渡には適当に相槌を打って、早く時間が過ぎるのを心の中で願う。キヨも変な女に好かれたというか、たかが昔のセフレ如きに関してここまで探りを入れられるとは。



「その子、名字は榊原っていうんです。遠い親戚とかでも覚えありませんか?」

「残念ながら」



食べ終わって伝票を取ると流石に早く帰りたい事を察してくれたのか、佐渡は実際よりも多めのお金を置いて私より先に店を出て行った。退屈極まり無い時間だったけど、最後に恵のフルネームを聞けたのは良い収穫かもしれない。まぁ、何か分かった所であの女に教える気は更々ないんだけどね。可哀相だけどこれからも大好きなキヨの為に悩み続けて下さい。
 1/2 

bkm main home
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -