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「おはようございます」

「おはよー。朝っぱらからそんな仏頂面で終業までもつの?」

「これが素ですから」



私の茶化しに不服そうに言葉を返してきた若君は、口ではそう言いつつも私の歩調に合わせて歩いてくれている。新入社員が入ってようやく数週間が経った今日、彼が新入社員らしからぬ態度をとっているのは既に千歳から調査済みだ。勿論それは生意気という意味も少しは含まれているだろうが、それよりも優秀という評価の方が大きい。



「もう慣れた?」

「まだ1週間なので不明な点もありますが、少なくとも鳳のようなヘマはしません」

「しっかりしようと頑張ってはいるんでしょ、あの子。助けてあげなよ」

「何故俺が」



入社早々早速長太郎君がやらかしたというのは、この前店に行った時に宍戸から聞いた。会社の生死に関わるような事では無かったらしいにせよ、それでも張り切ってただけにかなり落ち込んだらしい。なのに同期の若君はこの態度と来たもんだから、そりゃあ泣きたくもなるでしょうねぇ。そんな完全に他人事目線の考え事をしながら、再び若君を見上げる。



「少しは先輩に甘える態度見せといた方が後々楽だよ」

「それは貴方の体験談ですか」

「さぁ」



若君相手に変に可愛子ぶってもこの人はそういう女を嫌うだろうから、あえていつもよりもあっさりとした振る舞いをしてみる。すると案の定その顔は楽しげなものに変わって、それを見た私もしめたと言わんばかりに心の中で笑う。



「相変わらず食えないですね」

「そんな事ないよ」



そうして会社に着いてからは、各々の課へ行く為に何事も無かったように別れた。若君とはずっと前に居酒屋でキスして以来なんとなくそんな雰囲気が続いてるから、そろそろ本格的にからかってみてもいいかもしれない。最後にちらりと後ろを振り向き、彼の背中を見ながらそんな事を思った。



***



「あ、やっと見つけた」

「ども」



デザインやらなんやらを書いている合間に行ったトイレの帰り、喫煙所から出てきた光君とかち合った。彼が此処に入社したのは勿論知っていたけれど、実際に社内で顔を合わせるのは初めてだ。同時に、そういえばこの前も千歳とこんなシチュエーションあったなぁと思い返した矢先、これまた千歳と同じ銘柄の煙草が目に入って思わず笑う。



「俺、なんかおもろい事しました?」

「いやいや」



恥ずかしがって不貞腐れる事は承知であえてその理由を言えば、みるみるうちに眉根に皺が寄せられる。



「大好きだねえ千歳の事」

「やめて下さい、きしょいっすわ。まぁ謙也さんよかマシやけど」

「忍足はそもそも煙草駄目でしょ。酒も弱い割に飲むし」

「アホやからな」



中学から一緒なだけあって彼もやはり心を許しているのか、2人の話をしている時の表情は緩い。若君も少しはこういう可愛げ見せればいいのにな、と朝の仏頂面を思い出した。もっとも光君は無自覚で、指摘すればそれこそ更に不貞腐れるんだろうけどね。



「だいぶ慣れてきた?人事課は先輩に知り合いいないから大変じゃない?」

「別にそうでもないっすわ。新入社員なんて単純作業しか任されへんし、鳳みたいなヘマはしません」

「うわ、それ若君も言ってた。可哀想長太郎君」



朝と同じ話題を出せばまた同じ名前が出てきて、こうも同期にネタにされる長太郎君が少しいたたまれない。別にそこまで酷いミスでもないのに、やっぱり入社早々というのが効いちゃったか。他人事目線だったのに加え同情が混じる。



「でも、どうして人事課に配属希望したの?1番インテリア業務とかけ離れてるじゃない」

「決断力があるから向いとるて上に言われたんすわ。インテリアは好きやけどもっぱら見る専門やし、設計とかましてや接客なんて真っ平御免やったし。社割効くなら何処でもええんで」

「なるほど、確かに人に流されなさそうだもんね」



の割には千歳と同じ銘柄だけど、というのはあえて突っ込んでやらない。確かに人事課は人事異動の全てを担わなきゃいけないから、決断力に長けている人が配属するべきだろう。間違っても長太郎君みたいな優しさの塊、かつ優柔不断な人が担うべきではない。ってまた長太郎君の話出しちゃったごめん長太郎君。

そこで光君は「うわやば、先輩や」と呟き、その先輩とやらが来る方向とは逆の方から戻って行った。なんとも駄目な後輩の手本を目の前で見てしまった事に苦笑しつつ、私もそろそろ戻って続きをしなければいけないのでそそくさとその場を離れた。
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