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「あれ、久しぶり」

「あ」



夏用にと新調したスーツを着て玄関を出ると、ちょうど同じタイミングで隣から幸村が出てきた。隣り合わせに住んでいる割には中々会う機会も無く、こうやって顔を合わせるのは久しぶりだ。今日は私の出勤時間が遅いからばったり会えただけで、本来は時間が違うから会わないのも当たり前なのだけれど。

隣を歩く幸村はこの暑さの中でも涼しげな表情を浮かべていて、相変わらず周りの視線を独り占めしている。その視線の中に私に対してのものもあるのは、もはや当たり前だからいちいち言うまい。



「元気してた?今日は出勤遅いんだね」

「今日は前々から参加してた企画が始まる日だから、普段とはちょっと時間が違うの」



そう、何故今日は出勤時間が遅いのかと言うと、いよいよ兼ねてから話し合いをしてきたあの合同企画が本格的に作業に移り始めるからなのである。普通そういうものは普段より早い時間にするんだろうけれど、リフォーム店の店主の申し出で逆に遅くなった。あの、テニスの王子様がいる店だ。



「成程ね。蓮二もその企画で最近忙しそうだから、全然会ってないんだよ」

「今が頑張り時だからね。これが終わったらまた一緒に飲もうよ」

「豊崎に誘われるなんて光栄だなぁ」



様子を見る限り、柳は私との間に起こった事を幸村に何も言ってないみたいだ。というか、柳に限らずこの世界の人達は皆口が固い。私がこの短期間でしてきた事をそれぞれ情報交換されたら、それはもう一瞬にしてビッチのレッテルを貼られる事間違いなしだろう。現代の男にしては律儀すぎるというかなんというか、まぁその辺をこの世界に追及したって仕方ないか。

それから話を進めて行くと、どうやら幸村の方も最近は仕事に追われているらしい。なんでも先月、そこそこ有名な雑誌に店が掲載されてから客がうなぎ上りに増えてるんだとか。そりゃあ幸村の顔写真も付ければ女共は寄ってくるだろう。



「じゃあ、お互いしばらくは忙しくなるわね」

「そうなるね。という事で今夜にでも、豊崎に元気付けて貰いに行こうかな」

「あら、大胆」



綺麗な顔で結構えげつない下ネタを言う幸村は案外嫌いじゃない。変に硬派ぶってるよかよっぽど話しやすいし、所詮顔が良いから許されるってもんだ。



「それじゃあ俺はこっちだから、また」

「うん、バイバイ」



そうして私達は各々駅のホームに向かって歩き出し別れた。私はこれから真っ直ぐリフォーム店に行くから、いつものホームとは違う方へ足を運ぶ。いつものホームだったら朝は通勤ラッシュで酷いけど、こっちは閑散としていて優雅な通勤時間を過ごせそうだった。



***



「ここはこの壁紙にしようと思ってるんだけど、豊崎君はどう思う?」

「そうですね。お客様は女性が主なのはわかりますが、これじゃああまりにも狙いすぎている感じが否めなくも無いと思います。もう少しシンプルでも良いかと」



上司にも物怖じせず意見している豊崎を視界の端に捉えながら、サンプルのテーブルやライトをトラックから運び出す。越前は新しい家具が届いた事がよほど嬉しいのか、微笑みが隠し切れてない様子で俺の方に近寄って来た。



「何このサンプルの数。どこから取り寄せたやつっすか?」

「全てヴィンテージの一点物だ。北欧家具が主だな」

「すっご」



目を輝かせながらサンプルに触れる越前は、何かと生意気だった中学の頃よりもむしろ幼く見える。だからその様子に思わず笑えば、この賑わいを聞きつけて来たのであろう跡部が近寄って来た。



「餓鬼みてェにはしゃいでやがるな」

「あぁ、目が輝いている」



何故か子を見守る親のような気持ちになっていると、先輩が俺達を呼ぶ声が耳に入りすぐに意識をそちらに向ける。呼ばれて向かった先には豊崎の姿もあり、俺達は3人で先輩の指示を待った。



「これからあっちのテーブルで新しい軽食メニューの試食会を行う。良い機会だから君達も行っておいで」



優しげな表情でそう言ったのは俺達の会社の先輩だが、跡部もその人柄の良さには素直になったのか、笑顔で頷いて了承した。あっちの、と指差された方には対面式キッチンがあり、そのすぐ目の前に簡易テーブルが置かれている。



「私こういうの初めて。跡部とか舌肥えてそうだよね」

「当たり前だろーが。下手なモン食わせられねェか心配だぜ」

「あまり態度には出すなよ」



そんな風に談笑していると、笑いが収まった時にふと豊崎と視線が合い、情けないが心臓が速くなるのを感じる。が、豊崎はそんな俺を見透かしているのか知らないが、少し眉を下げて困ったように笑ってくれた。1人で色々と考え込んでしまう時はあんなにも豊崎を怖いと思うのに、今見ているこの笑顔はやはり愛おしくて堪らなかった。
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