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「豊崎律子ちゃんに会ってみたいなー俺!」

「は?」



社員食堂にて今日のランチは何にしようかとメニューを眺めていると、隣で同じように悩んでいたジローは、自分のメニューが決まるなり急にそう言い出した。唐突過ぎる要望に勿論俺は驚き、思わずジローを凝視する。



「昨日ね、丸井君からメール来て、今度仁王のバーに飲みに行こうって誘われたの!」

「で、そっからなんで豊崎の話になるんだ」

「なんでだっけー?そこらへんは覚えてないけど〜。だって跡部ってあんまり豊崎ちゃんの話してくれないじゃん、すっごい美人なんでしょー?」



興味津々にその大きな目を俺に向けて来るジローに、正直何て言い返せばいいのかわからない。こんな風に興味のある事についてはしつこいくらいに話を追及してくるジローは、昔から何1つ変わっちゃいない。俺がこの会社に入ると決めた時も、こいつは俺の後を追うように着いてきた。俺達氷帝や他校を含めたメンバーは大半が豊崎もいるここのライバル会社に入ったが、それでもこいつは俺に着いてきた。ジローにとって、どうやら俺は“スーパーヒーロー”らしい。この歳にもなってそんな事をなんの恥ずかしげも無く言うこいつを、呆れる反面ずっとこのままでいて欲しい、とも思う。

話が脱線した所で軌道を戻し、俺は改めて考えた。豊崎とジローを会わせたら、どうなるのかと。



「やっぱりお前は駄目だな」

「えっ、何で!?」



が、考えただけでもゾッとした。

純粋無垢でなんでもスポンジのように吸収しちまうジローを、豊崎に会わせたら。これまでどんな女にも興味を抱く事のなかった仁王や他の奴らが、初めて気を引かれた相手と、ジローを会わせたら。悪い意味でゾッとする。

別に、ジローの女の趣味が悪いという訳ではない。今までこいつが付き合って来た女と豊崎は全くと言って良いほど真逆だが、それでも豊崎ならジローさえもを引き付けるかもしれない。



「ねー跡部ー何でー!?」

「何でもだ」



自分は豊崎に興味がある癖にジローにはそれを禁ずるとは、随分都合の良い話だ。でも、こればっかりは首を縦に振る事がどうしても出来なかった。

いつまでも俺の後ろをくっ付きながら迫ってくるジローを無視して窓際の席に腰を降ろすと、やはりすぐ隣の席に間を詰めて座って来た。食事に手を付けても、その口は閉じる事を知らない。そんな奴にいい加減痺れを切らしそうになったが、その前に聞き覚えのある声が耳に入った。



「何してんだよお前ら。女達皆見てるぞ」

「アーン?見させとけよ」

「ジャッカルだーお疲れー!一緒にご飯食べよー」

「んじゃ、邪魔するぜ」



声のした方向に目をやれば、そこにはテーブルを隔てた向かいにおぼんを持って立っているジャッカルがいた。つい先月ウチの会社に見習いとして就いたジャッカルは、その仕事の出来と人柄の良さから周囲の評判はかなり良い。髪型は相変わらずスキンヘッドだが、コイツの事を噂している女も少なくない。そうして向かいに座るジャッカルと隣のジローを見比べて、どことなく似た雰囲気を持った2人に溜息が出そうになる。コイツにも豊崎は会わせたくねぇな。



「ジャッカルは丸井君から豊崎ちゃんの話聞いてる?」

「豊崎って、豊崎律子の事か?」

「え!やっぱり知ってるんだ!」

「知ってるも何も、立海で仁王ン所で飲んだ時に1回会ってるからな。跡部なんて一緒に仕事やってるだろ?芥川、知らなかったのか?」

「いやー知ってるんだけどね、跡部からはあんまり話聞かせて貰えないのー」



と思ったが時既に遅しというべきか、ジャッカルは既に対面済みらしい。人の気も知らずに馬鹿っぽく話し続けるジローは、一体どれだけの期待を豊崎に抱いているのか。確かに表面上だけならかなり期待しても良い女だが、その中に隠れている違和感に気付かないままジローがハマったら、厄介以外の何でも無い。

自分がジローに甘いのは、こう見えて自覚してるつもりだ。それでもそれをやめないのは、もはや父性にも似たようなものなのだろう。俺を心から慕うこいつを、厄介な目には遭わせたくなかった。



「もういい。俺は先に戻る」

「A?まだ食べ終わってないじゃん」

「うるさくてまともに飯も食えやしねーよ」



だから、そう思っているからこそ短気になっちまう事くらいは許して欲しい。

2人は席を立ち去って行く俺の事を不思議そうに見ていたが、俺はそれを振り切るように食堂を後にした。



「いっつも思うけどよ、跡部はお前に甘いよな」

「ねー、過保護すぎるんだよねー。俺そんな純粋じゃないのにさぁ」

「本当に純粋なのは、もしかしたら跡部かもしれねーな」
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