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「豊崎おはようさん!体調大丈夫なん?」

「おはよう白石」



昨日の悪酔いも冷めぬまま重い体を引きずって会社に向かっていると、後ろから白石が小走りでやって来た。その爽やかな笑顔を見ていくらか気持ちが晴れたけれど、まだまだ胸につかえる嫌悪感は消えそうにない。ちなみにこれは二日酔いの類の気持ち悪さではない。あの空間にいた事によって生まれた居心地の悪さから来ているものだ。



「最近元気無かったから俺も不二も心配してたんやで。柳は言わずもがなやろうけど」

「柳の過保護っぷりったらないよねぇ。そんなに心配しなくても大丈夫だよ」

「ちゃんとゆっくり出来たか?」

「うん、ありがとう」



なーんて、全然飲みに行ってたけどね。果たしてこの嘘が柳にも通じるかどうかは危ういとして、純粋な白石は何の疑いもせずに信じてくれた。あーあー、イケメンで中身も素晴らしいなんてさっすが王子様ー。



「せや、昨日豊崎休んどったから知らへんやろうけど、こんなん回って来たで」

「ん?何これ」



いつも通り心の中でなんとも可愛くない皮肉を吐いていると、白石は鞄の中をゴソゴソ漁り始めおもむろに1枚の紙を私の前に掲げた。なんだなんだと思いつつそれを両手で受け取り、書かれている内容に目を向ける。



「新入社員合同飲み会?」

「全課の新入社員だけで飲み会するらしいで。謙也と丸井の同僚が企画しとるみたいで、是非参加してくれへんかーって」

「へえー、皆行くの?」

「とりあえず俺と柳と不二は行くでー。豊崎も行くやろ?」



やっぱりどの代にもいるものだ、こういうお祭り好きな人が。以前の私ならこういうのは面倒臭くて参加していなかっただろうけど、白石にこう言われちゃあ出ない訳にもいかない。



「じゃあ行こうかな。居酒屋?」

「おん、でっかい宴会場借りるんやて」

「わっちゃわちゃになりそうだねえ」

「せやな!」



白い歯を見せながら心底楽しそうに笑った白石は、やっぱりちょっと眩しすぎる。だから私はその眩しさに圧倒されないように、軽く目を細めて、視線を逸らした。



***



「む?」

「あ、真田。なんか久しぶり。お疲れ」

「豊崎か。あぁ、お疲れ様」



柳達とランチに行く前に会社内にあるATMに来ると、何やら気難しい顔で通帳と睨めっこしている真田がいた。とりあえず自分の用事を済ませてから、「どうしたのそんなに怖い顔して」と真田に問いかける。



「いや、聞いていた給料よりも額が多いから、どうしたものかと思ったのだ。俺はまだ見習いの身なのだが」

「…真田の頑張りが認められたんじゃない?素直に受け取っておきなよ」



すると返って来たのはそんなクソ真面目な悩みで、思わず馬鹿にしそうになったのを必死に堪える。貰えるものは貰っておけばいいだけの話なのに、律儀と言うか頭が堅いと言うか。こういう所が真田の魅力なのかもしれないけど、私とは到底相容れないだろう。



「弦一郎もいたのか」

「蓮二か。飯に行くのか?」

「あぁ。お前もどうだ」

「俺はもう食べた」

「早!まだ昼休み始まって15分くらいしか経ってないよ?」

「早く食べて自主的に取り組まなければならないからな」



そこまで頑張ってればそりゃあ上の人達も多い給料あげたくなるわな、と褒めているのか皮肉っているのか自分でもよくわからない事を思う。それから真田は「じゃあな」と片手を挙げて、颯爽と私達の前から去って行った。



「真田は真面目だねえ」

「あいつは昔からあぁだ。それに比べ、お前は少々やさぐれているようだが」

「何の話?」



それから白石と不二の元に向かっていると、柳はつらっとした顔で核心をついて来た。急な話題に一瞬心臓が跳ねたけど、ここも平然を装う。やばい、やっぱり柳にはばれてるのかな。



「昨日はよく休めたか?」

「うん」

「そうか。酒は美味しかったか?」

「…仁王から聞いたの?」

「聞いてはいないぞ。ただ、俺も誘われたからお前にも連絡がいっただろうと思ってな」

「うわ、カマかけたんだ」



前方にはもう、白石と不二に加え忍足さんと千歳の姿も見える。随分厄介な2人組が増えたものだ。しかし、柳はそれでも喋る口を止めようとしない。



「俺はたまにお前がわからない」

「どうしたの急に、何がわからないの?」

「俺は今の企画にやりがいを感じている。最初はお前もそう思っていると感じていたが、どうも乗り気じゃない所があるだろう」

「そんな事無いよ。仕事だもん」

「豊崎」



柳の足が止まると同時に、私の心臓も止まりそうになる。見開かれた目はさっきの真田よりもクソ真面目で、真剣で、その空気に呑み込まれる。



「何を隠しているんだ」



躊躇いがちに言葉を紡いだ柳が、今まで私なんかの事でどれだけ悩んで来たのか、私には想像付かない。でもその言葉と目に、一瞬でももう全て話してしまおうか、と思ってしまった自分がいた。

そんな事は出来るはずがない。柳まで、こんな意味の分からない世界に引き込む訳にはいかない。



「柳、皆待ってるから行こう」

「豊崎」

「悪いけど、どれだけ言われても絶対話さないよ。柳にも、他の人にも」



柳の目が揺らいだ。あぁ、傷付けてしまったんだ、と瞬時に悟ったけど、私にフォロー出来る事なんて何1つ無い。

不思議そうに私達を見ている4人の元に、いつも通りの笑顔を繕って駆け寄る。ワンテンポ遅れて着いて来た柳ももう通常に戻っていて、そんな柳を見て心臓を鷲掴みにされた気分になった。ごめん、柳。本当にごめん。
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