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バシャバシャと荒々しく肌を洗ってみても、顔を上げて鏡を見ればそこにはいつも通りの綺麗な私がいる。

あの男が言っていた事は本当だった。「私がこの世界の何かに気付いても、今更変わる事なんてひとつもない」。その言葉通り面白いくらい何も変わらないこの日常に、自分が今何を思っているのかもうそれすらよくわからない。でも、それでもやはりあの男が言った通り、私はこの世界で生きなければならない。



「いっその事、飛べたら楽なのに」



ベランダの窓を開けて下に視線をやり、豆粒サイズの通行人達を見ながらボソリと呟いてみる。まさか自分がこんな事を言うキャラになるなんて、前の私が見たら指を差して笑うに違いない。今だって笑い飛ばしたいのは山々だけれど、生憎作り笑顔すら浮かべられなかった。

会社は休んだ。こんな状態で行けば柳あたりがつっかかってくるのは目に見えているし、むしろ鈍感な部類に入る忍足とか丸井にすら気付かれるんじゃないかと思う。その位今の私は誰にも見せられないし、見せたくない。どんなに虚勢を張ったって、結局は私も人の子だったのだ。多分。それに、1日くらい休んだって私なら大丈夫だ。

そうしてしばらく無心でベッドに座っていると、机の上に置いていた携帯が震動し着信を知らせた。本当は何もしたく無いけれど仕方なく片手で乱暴にそれを取り、まずは誰が相手なのかを見る。ディスプレイには少し久々に見る名前が表示されていて、それでも出ようか迷ったけれど、悩んだ末コールはいつまでも止みそうにないので結局通話ボタンを押した。



「もしもし。どうしたの、仁王」

「さてはお前さん、今日はサボりじゃな?」

「…柳から聞いた?」

「ご名答」



電話口で楽しそうに笑う仁王は、恐らく寝起きなのかその声は若干眠そうだった。それでも人をからかって楽しむなんて性悪、とか言いつつ人の事言えないのは勿論自覚してる。



「仁王こそ、もう11時だけど何時に開店するつもりなの」

「今日は夜だけの営業じゃ。ほんで豊崎、どうせ暇なら今日店来んしゃい」



まぁまぁそんな好き勝手に営業時間を変えれるのも貴方だからですか、と心の中で捻くれた考えが出てくる。あの男だって仁王や幸村の事をありえないって言ってたし、改めてみると本当に違和感しか無いなこの人達は。

正直言うと今日はこんな考え方しか出来ない気がしたから外に出るのは嫌だったけれど、結局仁王に言いくるめられ夜から飲みに行く事になってしまった。我ながら情けない。とはいえ飲みに行くまではまだまだ余裕がある。これ以上卑屈な事を考えないで済むように、私はもう一度ベッドに入り二度寝する事にした。起きたら全部どうでもよくなってれば楽なのになぁ、なんてね。



***



「来たか、サボリ魔」

「柳には言わないでよね」



開口一番またなんとも憎たらしい口を叩いて来た仁王には、若干の睨みを利かせながら言葉を返しカウンター席に座る。それからすぐに差し出されたシャンディガフを一気に飲み干せば、仁王は落ち着いた表情で2杯目のカクテルを出して来た。



「何かあったんか、珍しく荒れてるのう」

「うん、あった」

「参謀が心配してたぜよ」

「柳は心配性すぎるんだよ。気持ちは嬉しいけど」

「そりゃあ、お前さんが風邪で休みってなれば心配するじゃろ。だから俺も電話かけたんじゃ」

「の割にはすぐに仮病って見抜かなかった?」

「声でわかる、声で」



開店したばかりなのと平日なのが関係してか、私以外にまだ客は見当たらない。今日は金太郎君も休みのようで、店内には本来の静けさが漂っている。暗い灯、雰囲気に合わせたジャズのBGMだけが響き渡っていて、家にいるよりかは落ち着いた時間を過ごせそうだ。



「で、どうしたんじゃ」



カラン、とロックグラスに入っている氷が音を立てる。視線の先にいる仁王はやけに真剣で、私はそれから逃げるように「たまには強いお酒が飲みたいなー」などとかわいこぶってみせた。でもそんな逃げ方は通用しないのか、仁王は一度私の名前を強い口調で呼ぶと、グイッと目と鼻の先まで距離を縮めて来た。思わず、息が詰まる。



「どうしたの、そんな怖い顔して」

「俺は最初から、お前さんには色々と聞きたい事があったぜよ。やっと今その機会を掴めただけなり」

「意味わかんないから、私そんなに裏ありそうに見える?」

「裏があるっちゅーか、違和感?」



いやいやそれはお互い様だから!思わず噴き出しそうになったのを悟られないように、私は静かに俯いて仁王から視線を逸らした。すると仁王はそれを泣いたと勘違いしたのか、狼狽えた様子で私の肩を持ち、顔を覗き込んでこようとしてくる。よし、今だ。



「豊崎?」

「今は、何も聞かないで」



隙をついて目の前の唇を奪えば、心底驚いた表情をした仁王と今度は視線がかち合った。そんでもって若干目を潤ませてそう言えばもうこっちのものだ。そんな簡単に自分の事を話してやるもんか。

案の定、私の言葉に仁王は降参といったように軽く笑い、そのまま次は私が唇を奪われる側になった。しばらく普通のキスをしていたけれど次第にそれは深くなっていき、という時に鈴の音がドアから鳴って、瞬時に間を取る。あーあ、折角のイケメンとのキスなのに勿体無い、誰よ邪魔する奴。そう悪態をついて後ろを振り返ると、



「どうやら邪魔したようだな」



その瞬間、私の動きは本当に止まった。
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