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「昨日は盛り上がったみたいだな」

「そっちこそ、顔色悪いけど」

「察してくれ」



跡部さんの会社に向かって歩いてる途中、柳はいつもより悪い顔色でそう言うとそれはそれは深い溜息を吐いた。前を歩いている先輩や上司達は仕事について真剣に話し合っているというのに、下っ端の私達の悠長さといったら無い。でも、上の人にしか分からない会話をしている事には違いないし、此処は割り切るのも必要なんじゃないかと勝手に自分のいいように解釈しておく。

いつもはウチの会社で行っていた会議を何故今日は跡部さんの会社でやるのかというと、それにはちゃんとした理由がある。今回の企画で出向かう事になった店が、彼の会社の近くにあるからだ。そして今日はおおよその流れをお互いに把握したのちに、実際にその店に行く事になっている。いよいよ初めての実戦という事で本来ならば緊張するのだろうけど、隣に柳がいてくれてるからか、それとも今の私だからか、特に大きな不安は無かった。



「この度はご足労下さいましてありがとうございます。会議室はこちらです」



到着した私達を出迎えたこちらの人達は、相変わらず上品な雰囲気を醸し出しながら中へと誘導した。割とガサツな人が多いウチの会社と比べると、ここの人達は正反対と言えるほど品が良い。勿論、どちらもそこまで極端な訳ではなく、比率でいえばの話だ(私自身ガサツなつもりはないし、柳なんて以ての外だ)。

冷房が効いている会議室に通された瞬間、思わず気の抜けた声が出そうになった。でもそこはグッと堪えてわざとらしく背筋をピン、と伸ばしてみれば、私の怠さと眠気を理解している柳は小さく笑って来た。だって、昨日は忍足にノッて少し飲み過ぎちゃったんだもの。ていうか飲まなきゃやってけなかった。



「随分と2人共顔色が悪いようで」

「やはりお前には見抜かれたか」



そうして簡単な説明が終わった所で、全員で会議室を後にし店に向かって再び歩き始める。ここから店までは徒歩圏内で行ける程近いので、スーツ姿の強面達が集団で歩いている姿は若干異様だけど、まぁ仕事だと思えば何ともない。そうやって変わらず柳の隣にいると、その男、跡部さんは来た。しかも私の隣に立ったものだから、高身長の2人に挟まれて一気に肩身が狭くなる。



「そういえば、仕事上でしか挨拶を交わしていなかったな。豊崎、改めて俺と学生時代テニス仲間だった跡部だ」

「話は忍足から聞いている。今回は頼むぞ」

「うん、よろしくね」



忍足から、の部分を強調したように聞こえたのは、ただ単に私がその名前を意識しすぎているからなのか。兎も角私は平然を装ってそれに返事をし、そこから当たり障りのない会話を続けた。間近で見ると思わず引いてしまうくらい綺麗な顔立ちをしているというのに、喋ってみると案外くだけた話し方をする人だ。そして、よく人の目を見て話す。

間もなくして辿り着いた今回のリフォーム店舗は、あまり目立たない立地にあった。確かにこじんまりとはしているけれどレトロな雰囲気は抜群に良く、ただちょっとレトロを通り越して小汚い印象があるので、今回はそれを取り除くとの事らしい。これが私にとって初の大仕事だ。跡部さんがどうとか言っている場合では無く、気合を入れてやらねば。



「ようこそ来て下さいました、此度はよろしくお願いします!」



明るい笑顔と共に現れた店主さんと、それぞれの会社の代表達が名刺交換をする。私達も続いて深くお辞儀をすれば、店主さんは「どうぞどうぞ」と言いながら中に招いた。おぉ、思ったよりも広い。

奥の方にある広い部屋に案内され、個性的な配色の椅子に座らされる。店主さんは「只今お茶を持って参ります」と一言言うと、そのまま表の方へ一度立ち去って行った。



「随分気さくな店主さんだね」

「あぁ、それに年齢も若い」



席順は会社ごとに別れて座っているので跡部さんはもう隣にいない。だから私はいつもと同じように柳に話しかけ、単純に思った感想を言った。やっぱり柳は楽だ。



「そういえば、確かこの店にも俺の後輩が居る」

「へえ、そうなんだ。学校も同じだったの?」

「いや、学校は違うんだがな。生意気なルーキーだった」



が、その居心地の良さは何故か一瞬にして崩れた。まただ。最近感じる事が多い、嫌な予感がまた突き刺さるようにやって来た。でも今の会話の流れ的に何も起こりうるはずがない、しかもこれからまた会議が始まるのだ。何も起こらない、大丈夫だ、落ち着け。



「失礼します」



落ち着、け。

言い聞かせていた言葉が、途中で不自然に止まった。



「こちら、ウチの新入社員の越前君です。会議の様子だけ見学という形で座らせておくので、気にしないで下さいね!」

「越前リョーマです。お願いします」



越前。えちぜん?エチゼンリョーマ!

走馬灯が頭の中を駆け巡った。1番最初にこの世界に来た時、知っている場所に行っても自分が浮いている気がしてならなかった。何をしても何処に行っても、同じ場所なはずなのに変な感じがして。次々に出会う男達は皆揃いも揃って出来過ぎていて、でも、それには何の違和感も持っていなかった。だって、この世界ではそれが当たり前なのだから。私が今の私になったように、人が人を作れるんだもの。最初からそうである人の事を、今更変に思うような事は無い。

そうだ。そうだったのか。跡部さんを最初に見た時の既視感は、やっぱり間違いじゃなかった。越前リョーマ。小柄でルーキーと呼ばれていて大抵の物事は完璧にこなす、生意気な少年、だった人。

彼は、テニスの王子様だ。
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