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「お、豊崎さんやん」

「どうも」



お茶汲みの為に給湯室に来ると、そこには1人優雅にコーヒーを飲んでいる忍足さんがいた。そういえば彼との初対面も確かこの場所だったな、と思い出し、やっぱり此処に来る頻度は少なくしようと勝手に心の中で決める。

で、忍足さんはただコーヒーを飲みに来た(つまりサボりに来た)だけなのかと思えば、手にはしっかりと細かい文字が羅列されたプリントを持っていて、息抜きに来たのであろう事が窺える。失礼な勘違いしてごめんなさーい。



「他の奴らから聞いたで。柳と企画任されたんやって?おめでとさん」

「ありがとうございます」

「跡部は中々癖のある奴やけど、腕は確かやから仕事しやすいと思うで」



忍足さんの話はまともに付き合っていると疲れるから軽く流してやり過ごそうと思ったのも束の間、彼の口から突如放たれた名前に私は面白いくらい動揺し、動きを止めた。彼も彼で確信犯なのか、そんな私の様子を見て楽しそうに、見方によっては意地悪そうに笑っている。なんていう性悪だ。



「跡部さんと学校同じだったんですよね?仲良いんですか?」

「中学高校の同級生や。親友っちゅーより腐れ縁みたいなもんやな」



そこまで深い仲なのか!聞きたくも無かった新たな事実に、怪訝な表情を浮かべそうになるのを必死に堪えて笑顔を繕う。その間にも忍足さんは悠長にコーヒーの2杯目を注ぎ始めて、長話になりそうな予感がひしひしと伝わって来た。



「凄い雰囲気を持った方ですよね」

「何処に行っても目立つ奴やからなぁ、色んな意味で」



確かに洞察力が優れているという部分では忍足さんも該当するけれど、多分跡部さんは彼を更に上回っている。あの眼力だけでそう感じたのだ、深く関われば厄介になる事間違いなしに違いない。厄介どころか、怖い。



「その様子じゃ、跡部さんって有名な方なんですよね?結構多方面での露出とか多かったりしました?」

「せやなぁ、学生時代から色んな雑誌に載っとったで。大半はテニス関連やったけど、あいつ金持ちやしそういう面でもな」



そこで私は、今私が跡部さんに抱いている既視感についてそことなく探りを入れる為にそんな質問を投げかけた。この世界では異端な存在の私が彼らの過去を知るはずが無いので、こうするしか方法が無い。忍足さんは顎に手を添えながら淡々と喋ってくれたけど、「そういえば、」と彼が口を開いた直後―――また嫌な予感がした。



「跡部も豊崎さんについてこう言っとったで。他の奴らと比べると全く浮いて見えて、極めて異端や、てな」



ドクン、と心臓が嫌な音を立てて鳴る。あぁ、やっぱり彼は気付いているのだ。私がこの世界に来た経緯までは知らなくとも、本来ならば全く気付くはずがない事のそれにほんの少しでも気付いている。やっぱり、怖い。



「それは前向きに捉えても良いんでしょうか」

「豊崎さんの判断に任せるで」

「じゃあ、そうします」

「おもろいやっちゃ」



目を細めてにっこりと笑ってみせる。でも、今の私はどんな表情で笑っているのだろうか。それすらも検討がつかないほどに判断が鈍っている。このままじゃ危ない。

一瞬にして危険を察知した私は、おぼんにお茶を乗せてそそくさとその場から立ち去った。駄目だ、バレちゃ駄目だ。隙を見せちゃ駄目だ。弱音を吐いちゃ駄目だ。普通の人間なら出来ない事でも、普通の人間じゃない私なら出来る。なら、この圧迫にも耐えられるはずだ。

頭の中でそればかりを反芻させている私の背中は、忍足さんから見ると酷く滑稽に見えて仕方なかっただろう。それでもいい、嘲笑うならとことん嘲笑え。
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