08

「こっちはウチの新入社員の跡部君だ。そちらの新入社員と同じでこの子も相当出来が良い。お互い切磋琢磨し合って頑張ってくれたまえ」

「跡部景吾です。よろしくお願いします」



夏至はまだにも関わらず外はじっとりとしていて、こうして冷房の効いた室内にいないとスーツが汗でへばりついて気持ち悪い。元来極端な暑さや寒さには滅法弱い所為か、それに伴い今日の私の機嫌はあまりよろしくなかった。

もっとも、理由は気温だけではないのだけれども。



「それでは、今回の合同開発企画では―――…」



上司達が基盤となって進行し始めた企画内容を、一応真面目を装って耳に入れる。とはいえ流石一流企業というべきか内容自体には何の文句の付け所も無い。ただ私が気になってるのは、さっきからこちらを見定めるように凝視してくる、向かいに座っている男の事だ。名前は跡部景吾。まさに、新人研修の時にドアで入れ違いになった男だった。

柳曰く、跡部さんは兼ねてより聞いている元テニス部の一員らしい。その中でも部長を担っていたらしく、学校別で言えば忍足さんと一緒だったとの事。あの人と一緒だったのならそりゃ難癖がいくつあってもおかしくない。偏見ともとれる考えが浮かんだ所で、私は今一度企画書に目を通すついでに俯き、溜息を吐いた。



「豊崎、疲れているのか?」

「ごめん、大丈夫。ありがとう」



でも、少し露骨に態度に出し過ぎたのか過保護な柳に顔を覗き込まれながら心配されてしまった。だからそれに慌てて反応し、チラリと跡部さんに目を向ける。

端正な顔立ちに人間離れしたスタイルは、まるで二次元キャラにでも出て来そうなくらい非現実的だ。新入社員だというのに上司達よりも圧倒的なオーラがあって、普通の人が近寄ったら委縮する違いない。更にはそれを自覚しているのも充分に窺える。彼の全身から溢れ出る気品と自信に、今まで感じた事の無い何かを感じた。そしてその何かというのは、やっぱり私にとってはあまり良くないもののように思うのだ。1番最初に彼と視線がぶつかった時から感じている私の中の危険信号が、今も赤色を忙しなく灯している。この人は危ない、と、脳が直接訴えかけて来ている。



「質問良いですか」

「どうぞ、跡部君」



上司達の間に全く臆さずに割り込んでいく跡部さんは凄く堂々としていて、彼が喋り出すだけで雰囲気が変わるようなカリスマ性がある。これだけ全て完璧だったら本来は少しは惹かれる事間違いなしだろうに、どうしてこんなにも心が彼を受け入れないのかが自分でもよくわからない。それに、なんだろうこの既視感は。1番最初に会った時にも抱いた違和感は、今になってそれは既視感だったという事がわかったけれど、いくら考えても彼を何処で見た事があるのかが思い出せない。夢の中で、なんていう漠然としたものなんかじゃない。この人は誰だ?



「では、今回の会議はここまでとします。また来週よろしくお願いします」



そんな事を考えているうちにあっという間に時間は過ぎ、今日の所はこれにて終了となった。全員が立ち上がった音を聞いて私も早々に立ち上がり、跡部さん達に軽く頭を下げる。

そうして彼らを見送った後に、上司の提案でこれから昼食を食べに行く事になった。この複雑な心境のまま上司達に気を遣いながらご飯を食べなきゃいけないと思うと気分は滅入ったけど、そんな私の身を案じるように背中を軽く叩いてくれた柳には、不覚にもときめいた。

何も起こらなきゃいいけど。
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