07

「…おえー」



朝起きると同時に何とも言えない倦怠感が体中に押し寄せて、思わずそんな色気の無い声が口から漏れ出る。ズキズキと痛む頭を押さえながらベッドのサイドテーブルに目を向ければ、昨日ヤケ酒したビールの空き缶やらボトルワインやらが無造作に散りばめられていて、あまりのだらしなさに流石に苦笑する。

あの男から逃げるようにエレベーターから去り自室に着いた後、反射的と言って良い程私はすぐにこの酒達に手をつけた。おかげであれからの記憶があまりないのもお約束だ。こんなにも溺れるほどの酒を飲んだのはこれが初めてかも知れない。化粧だって落としてないし、まぁそれでも美肌だから別にいいんだけど。

とりあえず少しでもさっぱりする為に、いつの間にか全裸になっている体を動かして風呂場に足を進める。とはいえ、シャワーを浴びただけでは到底酔いを醒ませそうにないのは百も承知だ。単なる気休め。



「クッソだる」



今日は金曜日だから、シャワーを出た後はまた化粧をしてスーツを着て仕事に行かなきゃいけない。時刻は午前5時、本来準備するには早すぎるくらいの時間でもこのままもう1回寝る気にはならない。だって昨日帰って来てすぐ飲んで寝たから、下手したら半日以上寝る事になるし。そこまで寝腐るのは性に合わないと言いますか。

そんなちょっとデキる女風の気取った考えをしつつ、蛇口をひねりシャワーを止め、バスローブを身に纏う。それからスキンケアをする為に鏡に向かえば、相変わらず頭は痛むもののむくみなどは一切無い端正な顔がやっぱりそこにはあって、私はそれに満足げに微笑んだ。



***



「なーに豊崎、頭なんか押さえて。ヤケ酒でもしたのかよぃ」

「…丸井って変な所で鋭いのね」

「うお、何々ビンゴ?マジで?なんで?」



流石に二日酔いで朝の満員電車に乗るのは気が引けたので、今日はタクシーで出勤した。オフィス内に入りすれ違う社員達に愛想笑いで挨拶をしていけば、大抵の者は後ろの方で「今日も綺麗だなぁ」なんていう噂話をしている。だから、まさかそんな綺麗な私が二日酔いだという事に勘付かれているとは思っていなかったから、丸井の言葉には素直に驚いた。ちなみに場所は全課共同のコピー室にて。此処のコピー機はラミネート加工など特殊な設定が組み込まれているから、各課に設置されているものでは補えないものをコピーする時に使う。



「女にヤケ酒の理由を聞くなんて無粋な事するもんじゃないよ」

「えー、だって気になるしよぉ。まぁ豊崎はそう簡単に教えてくれ無さそうだしいーや、諦める」

「そうして」



ぶっちゃけ言うと、頭を押さえる=二日酔いという単純思考を生み出した丸井が特殊なのかもしれないけどね。そんな嫌味ともとれる小言は口には出さず、私はコピーした枚数をチェックしてから丸井にコピー機を譲った。



「そっかー、じゃあ二日酔いなら豊崎は無理かー」

「何が?」

「今日また仁王ンとこのカフェバー行こうと思ってたんだよ、ちょうど金曜で明日は休みだし。今んとこ俺と赤也で行くつもりなんだけど、折角だからまた豊崎も連れてこーかと思ってたんだ。ほら、赤也もお前に超懐いてるし」



その時丸井から発された提案は、今の私の健康状態からいくと喜んでいいのか微妙なラインだった。この体に更に酒を注げと…いくらなんでも体が泣くんじゃないか、と若干冷や汗をかく。でも仁王の店の酒は美味しいし、あぁーどうしよう。終わる事のない無限ループに、また頭がぐわんぐわんする。うぷ、気持ち悪っ。



「じゃあ、それまでに体調がそれなりになってたら行くよ」

「それなりってなんだよそれなりって。どっちにしろ早く治せよ、今度は1人ヤケ酒なんて寂しいモンしねーでいつでも呼べよな」

「ひゅー、丸井おっとこまえー」

「当たり前だろぃ!」



そうして丸井が調子に乗った所で、私達は挨拶を交わしそれぞれの持ち場に着く為にその場を離れた。

今一度コピーした用紙にミスなどが無いか確認しながら廊下を歩いていると、前方から課長が歩いてくるのが見えた。だから軽い会釈と共に挨拶をすれば、課長は何やら用件があるのか立ち止まって私の事を足止めして来た。私なんかやったっけ、と頭の中で考えたものの、その疑問は一瞬にして晴れる事になる。



「合同開発、ですか?」

「あぁ。それには毎年新入社員も携わる事になってるんだが、今回は豊崎君にお願いしようと思ってね」

「私にその役目が務まるのでしょうか」

「何を謙虚しているんだ、充分すぎるくらいさ。後、君と仲の良い柳君にもお願いするつもりだから、是非2人で頑張って来てくれたまえ」



課長の話はそんな内容で、いくら私が優秀とはいえこんなに早く引き抜かれるものだとは思ってもいなかったから、それには素直に驚いた。なんかさっきから驚いてばっかりだなぁ。でも柳が一緒となれば怖いものなしだ。怯む事は無い。

あっという間に沸いて来た自信を表には出さず、合同開発についてのおおまかな概要に耳を傾ける。それが一通り終わると課長は「何か質問はあるかい」と仰ってくれたので、私は話を聞いている間ずっと気になっていた、何処の会社と合同開発をするのかについて問いかけた。しかし、その答えは、



「あぁ、相手の会社は―――」



私にとって、あまり良いものではなかった。

軽く手を振って離れて行った課長の後姿を見送りながら1人立ち尽くし、苦虫を噛んだような表情を浮かべる。課長が言った相手の会社名は、研修の帰り際に会った、あのライバル会社の名前だった。同時に頭の中に浮かんで来た泣きボクロが特徴的だった男の事を思い出して、二日酔いとはまた違う嫌悪感が胸の中に押し寄せてきた。
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