03

「(あー、ちょっとやばいかも)」



満員電車に揺られながら体調の悪さに眉を顰め、柱を頼りに立ち続ける。今日は珍しく寝過ごしてしまったせいで、朝ご飯を食べ損ねた。食は細い方だけど朝はちゃんと食べなきゃ気持ち悪くなってしまう体質な為、そんな状態での満員電車は正直かなりきつい。だからと言って誰かが助けてくれる訳でも席を譲ってくれる訳でも無いので、結局は自分が我慢するしか無いのだけれど。

どうせならこの体質も改善してもらうように願っとくんだったな、と今更な事を考えて心の中で自嘲していた時、ようやく降車駅に辿り着いた。この駅は降りる人が多いからその流れに身を任せ、駅の構内の売店で飲み物を買った後に一度ベンチに座る。本当はあまり時間が無いけど今は仕方ない、少し休まなきゃ本気で倒れそうだ。



「あの、大丈夫ですか?」

「え…」



そう思い目を閉じてベンチの背もたれに背中を預けていると、声からして好青年な人に話しかけられた。東京にもこんな親切な人がいるのか、と思いつつ目を開け、目の前に立っている人に視線を向ける。



「おねーさん、疲れた時はこれッスよ!」

「え、あ、あぁ…ありがとう」

「初対面でそんな渡し方があるかい。どう考えても怪しいやろ」

「全くだ」



私を取り囲むように立っていたのは全部で4人で、いずれも大学生らしい風貌だった。背の高い銀髪に、キノコ(失礼だけど)みたいな茶髪に、ワカメ(これは更に失礼?)みたいな黒髪に、派手なピアスを付けた黒髪。中でもワカメ君は笑顔でレッドブルを差し出して来てくれて、私はその好意を有難く受け取った。普通突然こんな事をされたら警戒心マックスになる所だけど、年下の、それも揃いも揃って可愛い子達から話しかけられたからか全く嫌な気にはならなかった。我ながら現金だ。



「体調が優れないのなら病院へ行きましょうか?」

「いいえ、割と普段から貧血気味なので大丈夫です。君、ありがとうねこれ」

「ういっす!」



銀髪君の申し出をやんわりと断ってから、ワカメ君に再度お礼を言う。あまり口を開かない茶髪君とピアス君にもニコリと笑顔を繕えば、視線を逸らしながら軽く頭を下げられた。うっわーこのウブな反応可愛いー!と表情には出さないけれど大いに興奮する。

でもいつまでもそうしている訳にはいかないし段々と体調も良くなって来たから、私は貰ったレッドブルを一気飲みしてゴミ箱に捨てた後に、早々とベンチから腰を浮かせ立ち上がった。ヒールを履いてる為ちょうど茶髪君と視線の高さが合う。



「それじゃあ、ありがとうね」



お気を付けて、という銀髪君の柔らかな声を背に私は再び歩き出した。朝ご飯を食べ損ねたのは辛いけど、代わりに可愛い子達を見れて目の保養になったから良しとしよう。



「マッジで美人だなー!あんな美人久々に見たぜ、鳳声かけて正解じゃん!」

「別に俺はそんなつもりで声かけた訳じゃ…ていうかそもそも最初に見つけたのは日吉と財前だろ?」

「俺は違う。財前だけだ」

「あんな美人が辛そうにしとったらそら目立つやろ」

「やー、またどっかで会えねーかなー」

「いいから早く行くぞ、講義に遅れる」



ちょっとちょっと声でかいってば、聞こえてるってば。そう思い苦笑しつつ、大学生から見て年上はアリなんだなーなんてどうでもいい事を考えた。

改札を出て外に出れば、もう見慣れてきたオフィス街が目に映し出される。せかせかと忙しなく歩く人、気だるげにのんびりと歩く人、そんな様々な人達が居る中でどちらかというと前者の部類に入る速度で信号を渡る。



「豊崎さーん」

「…おはようございます」



渡っている途中で信号が点滅したから小走りしていると、急に隣に長身の男が並んで来た。一瞬誰だ、と不審に思ったが、この長身と独特なイントネーションには覚えがある。忍足さんと出会ってしまった給湯室を出た時に入れ違いになった、あの男だ。確か忍足さんの為にと用意したお茶を投げ捨てている所を見られたような気がするが、まさか名前を知られるほど近い課にいるとは、と若干頭を抱えたくなった。



「この前は見事な捨てっぷりだったとね」

「すみません」

「気にせんでよかよー。ちなみに俺も今年入社したから同期。管理課の千歳千里ばい」

「インテリア課の豊崎律子、この前は見苦しい所を見せてごめん」

「大丈夫たい。白石から話は聞いとるとよ」



後ろめたさを感じている私と違って、千歳は至極気さくに話し続けてくれた。背も高いしどことなく威圧感のある風貌ではあるけど、きっと中身はそんな事無いんだろうなという第一印象を抱く。

それから話して行くうちにわかったのは、千歳は学生時代、白石と忍足と学校が同じだったらしい。そうか、この人も部活仲間の一員か、と1番最初に柳から聞いた事を思い出し1人で納得する。



「ほんじゃ、また」

「うん」



会社に辿り着いた所で私達はそれぞれの課へ行く為にエレベーター前で別れた。数歩歩いた後に何となく後ろを振り返ってみると、ちょうど千歳も振り返っていたせいでバチ、と目が合い、一瞬肩が強張る。でも千歳は何を言う訳でも無く、小さく口元に笑みを浮かべた後、ヒラヒラと手を振って歩いて行った。

 あの男、確実に侮れない。

今自分に向けられた最初の気さくさとは裏腹の含みのある笑顔を見て、私はそう確信した。
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